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レビュー

山際淳司がよみがえって語りかけてくれる 『衣笠祥雄 最後のシーズン』

 個性的な野球人、星野仙一、衣笠祥雄が今年、逝ってしまった。いまごろ旅先では、往年親交があった山際淳司(一九九五年逝去 享年四十六)が出迎えて、久々に野球談義を始めている頃だろう。
 駆け出しのスポーツ記者だった私は一九八六年十月十二日、広島カープがペナントレースを制した時、衣笠祥雄の動きを観察していた。衣笠は監督の胴上げにつきあうことわずか数十秒、優勝を喜ぶ輪から抜け出してダグアウトに戻り、ドカッとベンチ中央に座って、ただ一人満足げに「ふー」と大きく息を吐き出していた。喜んではいるが孤独な姿だった。視線の先にはいまだに続く胴上げの光景があった。やがてカメラマンたちはこの様子に気付き紙面を飾る絶好のチャンスをものにしていた。この静かな表情のわけとは何なのか。三十年の時を経て今改めて本書収録の「バットマンに栄冠を——衣笠祥雄の最後のシーズン」を読むと、そこに衣笠ならではのこだわりがあったことに気付く。
 一九七四年に巨人のV9時代は終わり長嶋茂雄が引退した後、プロ野球界では新たなヒーローの座をめぐり、つわものたちが個性をぶつけ合っていた。この本に掲載されている野球人たちのことである。この作品には山際淳司がインサイドに入り込んで聞き出した野球人の言葉が熱情を放っている。山際はロッカールームに入り込んで衣笠と向き合っていた。

「プロはいつも見られている。その中でプレイしている。見詰められながら、いいプレイを見せなければいけない。それがプロだと思うんだ」例えば、三振するときも、衣笠はプロだ。大きなスイング。当てにいこうとして空振りするのではない。かれが空振りするときはいつも、気持ちはレフトスタンドに飛んでいる。それがおそらく、ファンの気持ちをつかむポイントになっているにちがいない

「バットマンに栄冠を」より

 作家・山際淳司は日本シリーズでの攻防を描いた「江夏の21球」で注目を集めた。そこから一九八〇年代から九〇年代にかけて、広島カープの強い時代が続く。山際は赤のユニフォームを追いかけ続け、連続試合出場記録を達成した衣笠祥雄にたどり着く。
 一九九〇年ごろ、私は師と仰ぐ山際さんの家によく電話していた。「もしもし先生いらっしゃいますか」「おりますよ」と夫人が受話器を置き、やがて「もしもし」「先生あしたお邪魔したいのですが」「いいよ、あすは晴海でスカッシュしているから夕方おいでよ。飯でも食おう」。夕刻、白金台にある自宅兼仕事場へ向かう。夫人が作るしゃぶしゃぶサラダ、飲み物はやはりCM出演していたスーパードライだった。傍らにはまだ幼かった長男の星司さんがいた。山際さんは長男誕生後、それまでの夜型の作家生活を変えて、朝、書くようになっていた。会話はメジャー、マイナー問わずスポーツシーンだった。ツール・ド・フランス、ヨットのアメリカズ・カップに及ぶ。スマートな会話を楽しんだ。スウェーデンの名車サーブのハッチバックからメルセデスに乗り換えたころかもしれない。バブル経済がどうなっていようが、山際さんは思うままに生きていた。
 山際淳司さんは三十年前、多くの野球人たちにインタビューし、作品を世に送り出した。これらは今、読みふけるだけの価値がある。私は現在、テレビ東京の報道局を仕事場にしている。ここで経済報道を軸に「ガイアの夜明け」や「カンブリア宮殿」といった番組が作られる。視聴者ターゲットは企業の管理職や少し野心的なビジネスパーソンである。今回、山際淳司作品を読み直し、驚いたのはターゲットが重なることだった。山際淳司が星野仙一、根本陸夫といったプロ野球指導者から聞き出した話には、今を生きる会社経営者やリーダーたちが唸るエピソードが詰まっている。そして衣笠祥雄、村田兆治、東尾修の強烈な個性とプロ意識にも。年月を経て、読み手の立場が変わると、山際淳司作品は新しく何かを語りかけてくれるのだ。

 
>>『衣笠祥雄 最後のシーズン』詳細はこちら


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