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特集

【『江夏の21球』対談 福田裕昭 前編】「池上無双」の源流にある山際イズム

「江夏の21球」で鮮烈なデビューを飾り、のちのスポーツジャーナリズムと書き手に大きな影響を与えながらも早世した作家・山際淳司。その野球短編を新編集した新書『江夏の21球』刊行を記念して、山際さんの息子の犬塚星司さんがゆかりのある人々に話を聞く企画「『江夏の21球』対談――今こそ山際淳司を読み直す」。今回は、テレビ東京報道局統括プロデューサーにして、山際さんと特に親交の深かった福田裕昭さんがゲストです。

敗者への眼差しがある山際作品

犬塚: 本日はお時間いただいてありがとうございます。福田さんは、現在テレビ東京の報道局統括プロデューサーであり、今回の本と同じ角川新書から『池上無双――テレビ東京報道の「下克上」』も上梓(じょうし)されています。そして私自身も子どもの頃からいろいろ良くしていただきました。父……山際淳司の“最後の弟子”でもある、とご紹介して大丈夫でしょうか?

福田: 弟子にしてもらっていたかというと、自信がないんですけども(笑)。

犬塚: いやいや。今日はぜひ、ジャーナリズムに携わる立場と、個人として山際と親しかった立場の両方から、お話をうかがいたいと思っています。初めに、福田さんがどうやって山際と出会ったのかというところからお話をいただけますでしょうか。

福田: 作品との出会いとしては、大学時代に『スローカーブを、もう一球』や『逃げろ、ボクサー』などを読み漁っていたんですよね。僕は高校時代に野球、大学からアメフトをやっていたんですけど、地方から来た野球をやっていた友達が沢木耕太郎作品が大好きで、飲んでいるといつも論争になったのを覚えています。

犬塚: 「山際沢木」論争ですね(笑)。

福田: 僕が大学に入る前のプロ野球は「江川事件」で揺れていました。1977年のドラフト会議で江川卓選手はライオンズに引き当てられたにもかかわらず、1年間契約を拒否し続け、78年のドラフト会議の前日、野球協約の「空白の1日」をついてジャイアンツに入っちゃった。あの事件で、スーッとジャイアンツファンはいなくなったんですよ。僕もジャイアンツファンだったんですけど、「ずるいことするチームだなあ」というイメージになってしまったんです。  それでプロ野球全体ががっくりきていたんですが、そこに出てきたのが「赤ヘル軍団」。カープはそれまでずっと弱くて、球団を運営するのにも「たる募金」と呼ばれる寄付金を集めているようなチームだった。でもそんなチームが突然すごい勢いで勝つようになり、79年に「江夏の21球」で見事に日本一を果たしたわけです。「プロ野球、捨てたもんじゃないな」と思いました。  その時にはアンチジャイアンツというか、判官贔屓っぽい見方になったんですけれど、山際作品にはずっとそういう目線があったんですよね。いわゆるジャイアンツ目線のものはない。

犬塚: ああ、題材としてはジャイアンツが出てきても、書き方にはつねに「敗者の哲学」がある。

福田: 巨人阪神戦とかも題材にしていますが(『男たちのゲームセット』)、明らかに阪神側の目線に立っていますよね。

犬塚: 間違いないです。

福田: 学生時代から山際作品を読んで、スポーツのそうしたおもしろさを感じていたんです。その後テレビ局で運よくスポーツニュースを作ることになって、野球にかかわるようになりました。それでヤクルト担当記者になったんですよ。

犬塚: 最初はヤクルト担当記者だったんですか。

福田: 本当に最初ですね。6位、6位、5位と経験しましたよ(笑)。

犬塚: (笑)

福田: もう全然勝てない。甲子園の大スターだった荒木大輔が登板したときは1分くらいニュースの枠をもらえるんですが、それ以外は30〜40秒くらいで終わり。あと相手がジャイアンツだと2分くらいになるけど、それはジャイアンツの担当記者が原稿を書く。ヤクルトはお盆が終わると優勝争いから脱落しているので、僕は野球の代わりにウィンタースポーツやゴルフの取材に回されていました。ただ言い方を換えれば日々のニュースを追う以外の余裕があったんです。それで山際先生にダメ元でインタビュー企画をお願いしてみたのが、ご本人との出会いの最初ですね。

清原の顔をほころばせた、山際のインタビュー術

犬塚: 山際がインタビュアーってことですよね。

福田: そうそう。圧倒的に印象に残っている取材相手は、清原和博ですね。89年あたりかな。当時の清原とマスコミの関係は非常に悪くて。清原が2年目の時に門限破りをして、寮長にしこたま怒られたことがあったんです。スポーツ新聞の記者はそういうこと聞きたいし、書いちゃった。するとそれ以降清原は、スポーツマスコミに対してほとんど会話しなくなってしまった。  だからシーズンオフの清原にインタビューしたいと思っても、なかなかさせてもらえない。それで山際先生に頼んで、箱根でインタビューすることになったんです。

犬塚: そのときにはもう『ルーキー――もう一つの清原和博物語』が出版されていて、山際が清原さんを取材した経緯があったわけですね?

福田: そうですね。あの清原が、山際先生には本当に心を開くんですよ。あれはすごいなと思いました。

犬塚: なぜ心を開いたんだと思われますか?

福田: 山際先生は、非常に前向きな話を書くでしょ。

犬塚: そうですね、噂話とかも持ち出さないですね。

福田: あとは、野球の技術論はほとんどしない。するとしても、知ったふうな書き方はしない。

犬塚: 先日衣笠祥雄さんが「山際さんは野球のことはわかってなかったけれど、わかってないからこそ見えているものがあった」と話されていました。

福田: そう、だから全く野球を知らない立場という前提で質問をするんだけど、野球のプレイヤー側にしてみれば、知ったように聞いてくる野球関係者よりもすんなりと素直に答えられるんです。その取材の時は、清原の顔が山際先生を見た瞬間にほころぶわけですよ。それまではムッとしていて、表情も変えなかったのに。

犬塚: すごいな、それは想像できないです。

福田: 山際先生には「親身に聞いてくれているんだな」という雰囲気が全面にありました。うなずくときの「()」も絶妙なんですよ。

犬塚: 具体的には、どういうことでしょう?

福田: 下手なインタビュアーっていうのは、何でもかんでも頷いてしまう。でも先生は、大きく頷くことがあれば、小さく頷くこともあるし、目だけで頷いているときもある。「見ているよ、聞いているよ」という配慮があるんですよね。あのとき、清原は孤独を抱えていたと思うんですが、そうした清原の心にも、山際先生の言葉はすっと入っていったんです。

「解説」の池上彰、「ヒューマンドキュメンタリー」の山際淳司

犬塚: インタビュアーとしての山際の性格というのは、福田さんにとってはどう映りましたか?

福田: 僕はスポーツ記者から政治記者になったわけですが、政治記者をやっていると、とにかく対象に食い込もう、成果を上げようということばかりに走りがちなんですよね。それに対して、山際先生は、対象との一定の距離を確実に空けておくわけですよ。

犬塚: 池上彰さんも、そういったイメージがありますが。

福田: 池上さんは「解説」の人ですからね。山際先生は解説じゃなくて、ヒューマンドキュメンタリーなんです。ヒューマンドキュメンタリーというのは、本来、対象のいるところに入り込んで寝食を共にして、ヒューマニズムを出してもらおうとするのが普通なんですが、山際作品はそういうふうには生まれてこない。ある種の「観客」目線なんですよ。山際先生の文章が「テレビ的な表現」と言われることは多いと思うんですが、それってつまり、お客さんがワクワクしながらスタジアムに行って、そこから見ているような書き方ってことでしょう。グイグイ入り込むと、そういう書き方にならないんですよね。一定の距離感が必要で。

犬塚: ああ、わかります。テレビの取材でもそうだったんですか?

福田: 山際先生は、とにかくベタベタしていなかったですね。サッとインタビューしてサッと帰る。会食をしてもそこでおしまい。仲良くなって次も飯を食おうか? みたいな話にはならなかったですね。山際先生はよく僕や若いメディア関係者を自宅に呼んで、人を紹介されたりはしていたんですけど、そこも家族的、アットホームというよりは作品を作るためのチームという感じで。

犬塚: さきほど話を出させていただいたんですが、池上さんのテレ東の選挙特番……とくに池上さんによる特番っていうのは、完全にスポーツ報道のテイストを取り入れてやっていますよね?

福田: そうです。思い出しました。山際先生が僕に言ってくださったんですよ。「報道に行ってもおもしろいんじゃないの」と。93年、僕がテレ東に入社してから9年ほど経ったころでしたね。自分としては、スポーツでこれ以上やるのもという思いもありつつ、社内で他のところに行っても「ずっとスポーツでやっていたのが無駄になるんじゃ……」という気持ちがあって、転職も考えながら山際先生に愚痴をこぼしていたんです。そこで山際先生が「相撲の世界って政治の世界と結構似ているなって、思うんだよね」と言ったんですよ。たしかに相撲の取材って、朝早く稽古しているところに挨拶しにいく。これは自民党がいろいろな集会をしているところに行くのと結構近い。

犬塚: 中曽根派とか竹下派とか。

福田: 経世会とか清和会とか宏池会とかね。自民党には仲のいい派閥もあれば、いまいちのところもある。相撲部屋もそうで、当時は若貴をかかえていた阿佐ヶ谷グループと、両国グループに分かれていた。それを一掃したのが、モンゴル力士たちのグループだったんです。そういうのに気づいた山際先生は「やっていることは同じだから、見方を変えればおもしろいよ」と背中を押してくれた。それで政治部への異動願いを出したんです。あれがなかったら不安でしたでしょうね。当時の選挙特番なんて、鳴かず飛ばずでしたから(笑)。

スポーツ報道の手法を盛り込んだ選挙特番

犬塚: なかなか報道番組で視聴率が取れず「試行錯誤を繰り返していた」と本でも書かれていましたね。

福田: そうですね、転換点は池上さんと出会えたことですね。テレ東が目指していた独自路線とマッチし見事に化学反応が起きた。池上特番では「プロフィールを出す」という趣向がかなり話題となっているんですが、あれは完全にスポーツ報道の手法なんです。山際先生の本の中でも、距離を保ちつつ、野球以外の要素の話を入れているでしょう。

犬塚: 「この人はこういう人間だからこう考えている」ということを丁寧に書いていますね。

福田: 山際作品にそういうバックグラウンドが織り込まれていたのに、だいぶ影響を受けていると思います。「相撲部屋と政党の取材」の話も、いまだに若い記者たちに話をしていますし。人事異動でスポーツに行かされちゃったというようなやつに「お前、政治もスポーツも似ているぞ」と(笑)。

犬塚: ジャンルが変わっても、コンテクストが変わっても、やることはそこまで変わらない。

福田: 結局、政治もスポーツも、人間の営みという点で共通していますからね。

犬塚: 衣笠さんの取材でも「野球は、人間がやるからおもしろい。山際さんはそれもわかっていた」という話があったんですけれど、たしかに政治にも言えますね。

福田: ああ、そうでしょうね。これは伝聞の伝聞になってしまうんですが、「映画監督の小津安二郎が『人間を描くことによって社会を描きたい』と言っていた」という話を山際先生から聞いたことがあります。先生が小津安二郎の映画をどれだけ観ていたかはわからないですが、先生自身の考えでもあったと思いますね。人を描けば社会も描けるしいろんなものを描ける、ということを折に触れて教わりました。  それで僕にも、選挙特番で、人を描くことで政治や日本を描こうとするようなクセがついた。そのクセのもとをただせば、山際先生の言葉と結びついていますね。

犬塚: ヒューマンドキュメンタリーとしての選挙特番ですね。

福田: 重要なのは、悪口がないことなんですよ。先生は、誹謗中傷しない人だったでしょう。それが文体にも現れている。政治の世界では批判すべきことはしないといけないので、ちょっと変な話ではあるんですが、批判すべきは権力であって、選挙特番に出てくる政治家一人ひとりは、一人の人間なんですよね。一人の人間として意外とこういうところもあるんですよ、というのを伝えるよう心がけています。たとえば「落選中はピザ屋の奥さんに養われていた」というのは事実であって、誹謗中傷ではないんです。結婚式で友人代表が、新郎新婦の人となりをしゃべるときのような温度感でやっています。

犬塚: 内角高めギリギリのラインというか(笑)。

犬塚: だからこそ、相手も心を開くんですね。

《なにしとんかい!》に込められた、山際のすごさ

福田: そうそう。江夏が古葉監督に対して《なにしとんかい!》と思ったという話を取ったのは本当にすごい。あれは完全に采配批判ですからね。

犬塚: スポーツ記者には絶対言わない話ですよね。

福田: 言葉だけが独り歩きしてしまうおそれがある。でも、山際先生にならきちんとした文章にしてもらえる、という信頼関係があったんでしょう。あのカッコは、「江夏の21球」のものすごいポイントですよね。短くて、しかも「これだ」という言葉をちゃんと引き出している。選挙特番でも、そういう作り方をもっと考えなきゃいけないな……。

犬塚: 池上さんと小泉進次郎さんのやりとりを見ていても、そういうところがあると思いました。ギリギリを攻めるけど、批判や喧嘩ではなく、お互いプロとして居合の勝負をしているような信頼関係がある。

福田: たしかにそうですね。

犬塚: 「こうなんじゃないですか」という自分の批判を、挑発的に政治家にぶつける評論家って結構いるじゃないですか。それで怒りのリアクションを引き出すような人たち。池上さんは、もっと違う次元にいて「え、そこをえぐるの?」というようなところ、内角を突いてのけぞらせるような印象があります。

福田: 池上さんは政治家相手にインハイぎりぎりを投げこむことは、たしかにありますね。まさにボールに緩急つけるような感じ。上手にコントロールしながらやるんですよ。

犬塚: しかも生放送で。

福田: 真剣勝負だけど……真剣勝負だからこそ、ぽろっと本音が出る瞬間がある。池上さんも山際先生もそこが非常にうまかったように思います。

(つづく)


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