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テレビで大活躍の池上彰さん。2019年7月21日(日)には、選挙特番でキャスターを務めます。(TXN選挙SP 池上彰の参院選ライブ)
政治を考える上で欠かせないのが、世界や日本で起こっているさまざまなニュースを理解すること。そこでおすすめなのが、信頼の「ニュース入門」の第10弾、角川新書『知らないと恥をかく世界の大問題10 転機を迎える世界と日本』(池上彰・著)です。シリーズ累計186万部突破、愛称「知ら恥」シリーズの最新刊です。
本書では、世界や日本のさまざまな大問題を、縦(背景・歴史)と横(世界のさまざまな地域のつながり)から解説しています。そしてエピローグでは、「民主主義とは何か」を語っています。
今回は、その一部を掲載します。参議院選挙前の必読の書としてぜひご覧ください。
* * *
■民主主義のパラドックス
民主主義とは何か、という話になります。民主主義は万能ではありません。欠陥だらけです。
イギリスの元首相ウィンストン・チャーチルの名言があります。「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外のすべての政治体制を除けばだが」。でもこれは逆説的に「民主主義こそが最良の政治」と言っているのです。
民主主義のもと、とんでもない人がリーダーになることだってある。間違った選択をしてしまうこともある。いまのように1党独裁の中国が発展し、アラブの春で独裁政権を倒した国々が混乱しているのを見ると、「民主主義はすばらしい」とは残念ながら言えないでしょう。でも、チャーチルが言うように、「民主主義が大事」と言っていかなければならないだろうし、そのためのモデルケースを作っていく必要があると思います。
■アラブ世界が民主化に失敗したワケ
アラブの春で、エジプトのムハンマド・ホスニ・ムバラクによる長期独裁政権が倒れたとき、当時、アメリカの国務長官だったヒラリー・クリントンがエジプトを訪れました。カイロに集まった学生たちと対話集会を開き、「あなたたちの民主化運動によって独裁政権が倒れた。さあこれからはあなたたちが国をつくっていかないと、また独裁政権に戻ってしまうわよ」と発破をかけると、学生たちはみんなキョトンとしていたといいます。
つまり、「独裁政権は倒した。今度は誰かが来て、新しい政治をやってくれるんじゃないか」。エジプトの学生たちはみんな“待ち”の姿勢だったというのです。
ヒラリーは「誰も理解してくれなかった。エジプトの将来に大きな危機感を抱いた」と、2015年に出版した自身の本『困難な選択』の中に書いています。
彼女の悪い予感は当たってしまいました。エジプトは軍事政権に戻ったのです。
エジプトはそもそも民主主義の経験、実績、体験がありませんでした。中東のアラブ世界においては、選挙で代表を選び、うまくいかなかったら次の選挙でひっくり返すという仕組みを理解していない人がほとんどです。そんな中で、アメリカ的な民主主義を導入すると混乱するばかりです。
さらに言えば、ヨーロッパの国々だっていまでこそ民主主義ですが、昔はそうではなかったのです。さまざまな問題の中から市民革命が起き、何百年もかけて民主主義を築いてきました。民主化というのは、短期間で一気にやろうと思っても無理なのだという、ある種“冷淡”な見方も、どこかで求められているのではないかと思います。
■「選挙に行かないと罰金」は無意味?
結局は、民主主義は上から押し付けられてもダメなのです。一人ひとりが「本当に民主主義が大事なのだ」と理解して、はじめて民主化が成功するのでしょう。
民主主義を実現するには、まずは選挙に行くことが大事です。何とか行かせようと、投票所へ行くことを有権者に義務付け、行かないと罰金を取る国があります。
義務投票制を採用しているのは、オーストラリアやブラジルなどです。
ブラジルは非常に投票率が高いのです。ところが、ブラジルへ取材に行って「選挙で誰に投票したのですか?」と聞くと、かなりの人が覚えていませんでした。つまり罰則をつくると仕方がないから行くだけで、何も考えないで投票する人が多い。単に投票率を上げればいいというものでもないのです。
日本の場合は18歳になると選挙管理委員会から投票所入場券が送られてきます。当たり前のことのようですが、アメリカは違います。アメリカの場合は、有権者登録をしなければ選挙に行って投票できません。自ら積極的に政治に関わろうという人によって成り立つという考え方、これが大事です。
義務化することによって投票率を上げても何の意味もない。むしろ積極的に参加しようというかたちにする、上から与えられるのではなく、自ら勝ち取ろうとする、それが民主主義なのだと思います。
■民主主義とは何か
民主主義を学ぶには、良い本があります。『民主主義』(文部省・著/角川ソフィア文庫)です。
実はこれ、かつて文部省(現在の文部科学省)がつくった民主主義の教科書。教科書といえば、教科書会社がつくり、文部科学省が検定を行い、合格すれば学校現場で使われることになっていますが、この本はなんと文部省自らがつくった本なのです。
1948年から1953年まで、中学校と高校で使われていました。戦争に負けて間もないころです。日本は軍国主義の社会から民主主義国家へと脱皮しようとしていましたから、「民主主義を知ろう」と、こんな教科書をつくったのです。
いまになってこれを読むと、「そうか、民主主義とは、そもそもこういうものだったのか」と、あらためて考えさせられる内容となっています。
当時としては画期的で、いまでも高く評価されているとあって、その復刻版が出たというわけです。
私が思わず「そうか」と唸った箇所を紹介しましょう。
「民主主義を単なる政治のやり方だと思うのは、まちがいである。民主主義の根本は、もっと深いところにある。それは、みんなの心の中にある。すべての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心、それが民主主義の根本精神である」(P3)
「民主国家では、かならず言論・出版の自由を保障している。それによって国民は政府の政策を批判し、不正に対しては堂々と抗議することができる。その自由があるかぎり、政治上の不満が直接行動となって爆発する危険はない。政府が、危険と思う思想を抑圧すると、その思想はかならず地下にもぐってだんだんと不満や反抗の気持をつのらせ、ついには社会的・政治的不安を招くようになる。政府は国民の世論によって政治をしなければならないのに、その世論を政府が思うように動かそうとするようでは民主主義の精神は踏みにじられてしまう」(P141)
「要するに、有権者のひとりひとりが賢明にならなければ、民主主義はうまくゆかない。国民が賢明で、ものごとを科学的に考えるようになれば、うその宣伝はたちまち見破られてしまうから、だれも無責任なことを言いふらすことはできなくなる。高い知性と、真実を愛する心と、発見された真実を守ろうとする意志と、正しい方針を責任をもって貫ぬく実行力と、そういう人々の間のお互の尊敬と協力と――りっぱな民主国家を建設する原動力はそこにある。そこにだけあって、それ以外にはない」(P147)
やはり、“ひとりひとりが賢明にならなければ、民主主義はうまくゆかない”のです。
私は日ごろテレビで解説をしたり、新聞や雑誌でコラムを書いたりしています。人々が判断する際に、役立つ情報を伝えたいと考えています。いわば民主主義を育むお手伝いをしているつもりなのです。民主主義は国民自らが追い求めることで初めて根付くものだからです。いま、世界で民主主義が試練に立たされています。
残念ながら日本は、世界的に見て民主主義のレベルが「低い」とされているのです。2011年の東日本大震災の後、東京電力福島第一原子力発電所事故についての情報がなかなかオープンにならなかったり、特定秘密保護法が施行されたり、フリーランスのジャーナリストや外国人記者の活動が制限されたりしていることなどが要因です。日本の民主主義が試されている。この状況を変えられるのは、私たち国民一人ひとりです。
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