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特集

【池上彰『政界版 悪魔の辞典』】辞典の一部と、テレビ東京・選挙特番プロデューサーによる解説を公開。

2017年10月に行われた衆議院選挙、その際にテレビ東京の選挙特番で取り上げられた「政界“悪魔の辞典”」。池上流の皮肉やブラックユーモアが満載の辞典はたちまち話題になりました。そして、2019年7月21日(日)の参議院選挙を前に、この辞典が新書となりました。著者の池上彰さんは、今回も、テレビ東京の選挙特番でキャスターを務めます。https://www.tv-tokyo.co.jp/ikegamisenkyo/
21日放送の選挙特番の中では、新しい用語も解説される予定。そこで、番組放送の前に、本書の一部を紹介しましょう。辞典の体裁をとり、政治や選挙ででてくる用語を池上流の皮肉やブラックユーモアで解説した一冊。アンブローズ・ビアスの『悪魔の辞典』をモチーフにした風刺ジャーナリズムの原点というべき“政界版 悪魔の辞典”の登場です。


 * * *

かいざん【改竄】
 これがばれると書き換えだったと言い換える。
【解説】

 いったん上司の決裁を受けた公文書の内容を書き換えるのは、民主主義の根本に関わる大罪です。保管されている公文書全体の信用問題になるからです。
 公文書をなぜきちんと管理するのでしょうか。それは、後になって検証できるようにするためです。政治家や官僚たちが、あのとき、どういう判断で政策を決定したのか。その判断材料になるわけです。
 政治家にしても官僚にしても、自分たちが判断したことが、いずれ後世の人々によって検証され、場合によっては断罪されるかもしれないとなると、安易な決定はできなくなるでしょう。公文書を保管するのは、未来への責任なのです。
 たとえば安倍内閣のもとで内閣法制局は、「集団的自衛権は認められない」という従来の判断を覆しましたが、その検討過程の文書が一切残されていないことが判明しています。これでは重大な政策変更のプロセスが検証できません。
 財務省理財局が保管していた公文書の内容が改竄されていた問題では、当初、在京紙のうち読売新聞と日本経済新聞だけが「書き換え」と表現していました。改竄だと悪いイメージが明らかですが、書き換えでは悪質な印象が薄まります。
 ところが両紙とも、安倍首相本人が「改竄と言われてもやむを得ない」と発言した途端、改竄と表現するようになりました。これでは安倍首相に忖度して、改竄なのに「書き換え」と“書き換え”ていたと揶揄されても仕方がないでしょう。

かいひょうそくほう【開票速報】
 翌日になればわかることに必死になること。
【解説】

 これぞ『悪魔の辞典』にふさわしい定義でしょう。私がこの定義案を提案したら、テレビ東京のスタッフは絶句したり苦笑したり。不評でした。それはそうですよね。自分たちの努力を認めようとしない定義だからです。
 一般の視聴者からは、「翌日になれば正確な結果がわかるのに」と言われることがあるのですが、これからの政治がどう動くのか、それを占う大事な情報を伝えることは、政治報道に携わる者の大事な仕事です。
 でも、午後8時になった途端、出口調査の結果によって大勢が判明するようになりました。単なる開票速報では意味がなくなっていることも事実です。「開票速報」ではなく、「政治について考える特番」という発想が必要になっているのです。

ごかいをあたえる【誤解を与える】
 誰も誤解していない。言った本人の本音をみんな正しく理解する。
【解説】

 これは、政治家が失言したときの逃げの言葉です。
「誤解を与えたとするならお詫びする」というのが、決まり文句。いったい、どう誤解したというのでしょうか。
 この言葉の背景には、「自分は間違ったことを言っていないのだけど……」という不満が見え隠れします。誤解した相手が悪いとでも言うのか、と言いたくなります。
 もし相手に誤解を与えていることがわかったら、丁寧に誤解を解くのが筋でしょう。ところが、政治家の失言の場合、本来意味するところを丁寧に説明して真意が理解されたら、ますます問題になってしまうのではないでしょうか。

●解説『風刺ジャーナリズムの原点』

 今(2019年6月)、テレビ東京報道局の一室では『池上彰の選挙ライブ』の準備が進められています。池上彰さんが「家族で楽しめる選挙特番を作ることはできないかな」と私たちに提案したのは9年前、2010年7月の参議院選挙のときでした。この選挙特番の目指すところは「投票率低迷に歯止めをかける」です。そのため番組では、各政党の支持組織の宗教法人や労働組合の内部にまでカメラが入り込んだり、政治家が秘密にしておきたいようなプロフィールを出したり、あの手この手で、有権者が政治に関心を持ち、次は投票に行こうと思ってもらえる番組作りに努めてきました。
 やがて他局が似たような番組を放送するに至り、「他がやらないことをやる」がモットーのテレ東選挙特番は、2017年10月の衆議院選挙で、新たな企画として『政界 悪魔の辞典』をひねり出したのです。これは「今の日本政治を風刺してみよう」という試みでした。
 しかしこの企画、用語本来の意味がわからないと「思わずニンマリ」とはいきません。たとえば、【ドブ板選挙】(154ページ)と言っても『ドブ板』の意味がわからなければ何のことやら……。『風刺』とは難しい表現の世界だと実感しました。ところが、この本に書かれている【解説】には痒いところに手が届くような池上節が効いています。【忖度】(126ページ)では航空機内で風邪薬を飲むときのことも池上さんは解説に含めてしまうのだなと、光景が目に浮かび、呆気にとられる気がしました。
 池上さんが好むアネクドート(旧ソ連時代に流行った風刺小話)があります。
「東ベルリンでホーネッカー(旧東ドイツ最高指導者)が晴れなのに傘をさして歩いていました。『あいつ何しているんだ?』と一人の市民が聞きます。するともう一人が『モスクワが雨なんだろ』と答えました。この意味わかる?」
 池上さんはベルリンの街を歩きながら、こんな調子で、共演者やディレクターの現代史の知識を試すのです。
『風刺』とは教養と実感の産物のような気がします。古今東西、大衆は時の権力に対して『風刺』という手法を用いて一矢報いようとしてきました。紀元前からあったと言われる『風刺』は時に権力を倒す武器にもなったようです。18世紀のフランスでは、マリー・アントワネットの風刺画が出回り、ブルボン王朝の贅沢三昧を印象付けて、市民を奮い立たせる作用となったと言われています。
 一方、『行き過ぎた風刺』をめぐる議論は絶えません。2006年にフランスの風刺画を売りにする週刊新聞のシャルリー・エブドは、イスラム教の開祖、ムハンマドのイラストを掲載し大問題になりました。ムハンマドの姿を表現すること自体がイスラムの世界では許しがたいこと、イスラム教徒以外の人々からも批判される「行き過ぎた挑発」(当時のフランス・シラク大統領)でした。その後、本社が襲撃にあい編集長、風刺漫画家など12人が犠牲になりました。イスラム過激派組織の犯行とみられています。
 言論表現の自由を擁護する一方、『風刺』には、送り出す側のジャーナリストとしての資質が求められています。それでは何が必要なのか……。
 池上さんは新幹線に乗り込む際、本を3冊以上持参します。なぜかと聞けば、行きに1冊、帰りに1冊、もう1冊は「新幹線が立ち往生したときに読むため」と言います。「本が切れるのが怖い」らしいのです。出張が多い池上さんには、東京駅やターミナル駅に行きつけの書店があります。そこでごっそりと大人買いして満足げに歩く姿がみられます。多いときは毎日こうした光景があります。
 半世紀以上前、池上彰さんは本が好きな少年でした。読書家の父親の書棚から何冊も本を取り出して読み漁ったといいます。池上少年は次第に本の世界にのめり込むのでした。父親の蔵書は古典から柔らかいものまでさまざまでした。少年期から続く膨大な読書体験とジャーナリストとして「いかに伝えるか」を追求した結果、『政界版 悪魔の辞典』は説得力を持つのではないかと思えるのです。

2019年6月15日

テレビ東京 報道局 福田ふくだ裕昭ひろあき




ご購入&試し読みはこちら▷池上彰『政界版 悪魔の辞典』


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