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連載

逸木 裕「空想クラブ」 vol.9

【連載小説】生徒会とのトラブル、喫煙疑惑。圭一郎の真意とは? 少女の死の真相は? 青春ミステリの最新型! 逸木裕「空想クラブ」#9

逸木 裕「空想クラブ」

※本記事は連載小説です。

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「生徒会のやつを捕まえて、調べてきたぜ」
 翌日の昼休み。ぼくと隼人は、図書室で向かいあっていた。
〈伊丹くんが入ってる美術部について、調べてきてほしい。どういう部活なのか。伊丹くんはどういうポジションなのか。仮装を、伊丹くん以外の人がやってるのかも知りたい〉
 真夜から出された指示は、そういうものだった。早速隼人に相談すると、彼は学校内の知り合いをたどって色々と調べてきてくれた。
「美術部の部員は五人。一年生が三人で、三年はいない。で、俺らの学年が、圭一郎とだいすけのふたり」
 大助は、中学に入ってからの同級生だ。絵は初心者だが性格が穏やかで、気難しい圭一郎とも上手くつきあっていると聞いた。
「去年と今年の美術部は、全然違う人数構成になってる。去年までは三年生の先輩が四人いて、圭一郎と大助が下っ端だった。いまは圭一郎が最上級生で、部長だ」
 そこまではなんとなく知っている。四月、全校生徒の前で行われた新入生歓迎の部活紹介では、圭一郎と大助がふたりで壇上に登ってアピールをしていた。
「で、今年に入ってから、美術部でちょっと嫌な話が流れだしてる」
「嫌な話って?」
「四月に、予算折衝会があるだろ?」
 帰宅部のぼくは詳しく知らないのだが、その年の部活動の予算を、生徒会と各部で面談をして決める会があるらしい。
「そこで圭一郎、結構暴れたらしくてさ」
「暴れたって、何をしたの」
「要は、金を寄越せってことなんだろうけど、ほかの部のことをあげつらって、なんであんな部にそんなに予算を回すのかとか、美術部は高尚な活動をしてるんだからもっと優遇しろとか、かなり攻撃的なことを言ってたらしい。三年にそんな感じで突っかかっていったから、生徒会の中でめちゃくちゃひんしゆく買ってるみたいだぜ」
 小学生のとき、不機嫌そうに表彰状を受け取った圭一郎の姿を思いだした。ただ、いまの生徒会は体育会が多くて、会長は柔道部のレギュラーだったはずだ。そんな人たちを相手に食ってかかるなんて、怖いもの知らずにもほどがある。
「ほかにも、部活の時間に美術室に入ろうとしたら怒られたとか、作品に勝手に触ろうとした生徒を怒鳴りつけたとか、細かい話はいくつかあるんだけど……決定的なのが、九月に起きたの件だ」
「小火? そんなのあったっけ?」
 学校の中で火が出たなんて、本当にあったのなら大事件だ。
「厳密に言うと、小火疑惑、なんだけどな。九月の下旬に、美術室から何かが焦げた臭いが漂ってきたらしいんだよ」
 美術室は、校舎の最上階、三階の隅にある。放課後はあまり人が通らない場所なのだが、その日はたまたま生徒会の先輩が通りかかり、美術室から異臭が漂っているのに気づいた。慌てて中に入ると、圭一郎がひとりいて、カンバスの前で油絵を描いていた。
「火は出てなかったらしいんだけど、かなり焦げ臭かったんだって。しかも圭一郎は、窓を全開にしてた。何かを燃やした臭いを逃がそうとしてたんじゃないかって、先輩は言ってた」
「何かが焦げた形跡はあったの?」
「なかったらしい。いしさんを巻き込んで生徒会と先生の間で問題になったけど、圭一郎は〈何も燃やしてなんかない〉って突っぱね続けて、最終的にはグレー寄りの無罪になったとさ」
 石田さんというのは、美術部の顧問の石田先生だ。もうすぐ定年の老教師で、植物みたいに穏やかな性格なので自然とさんづけで呼ばれている。
「でも、部活の時間でしょ? ほかの部員はいなかったの?」
「ほかの部員が休んでたからやったんじゃないかって、先輩は推理してた」
「やったって、何を?」
「決まってんだろ。煙草だよ」
 まさか。
 確か入学したばかりのころ、三年生の先輩がトイレで喫煙をしていて、見つかったことがあった。東中は自由な校風のせいか、昔からたまに羽目を外しすぎてしまう人がいるとは聞く。でも、まさか、あの圭一郎が。
「たまたまほかの部員が休みで、圭一郎はひとりだった。もんもんと絵を描いてて、ストレス解消のために煙草を吸ったら、その辺にあったティッシュとかに燃え移っちゃって、臭いが充満したんじゃないか。生徒会の先輩は、そう勘ぐってた」
「でも、圭一郎が煙草なんか吸うかなあ」
「神経質な人間ではあるだろ。それに、油絵を描いてるときに、火なんか使わないだろ? 煙草じゃないんなら、先輩が嗅いだ臭いはなんだったんだ?」
 よく判らない。ぼくはいまの圭一郎を、語れるほど知らない。
「まあそんなわけで、美術部はいま、生徒会からも先生からも目をつけられてる問題児ってわけ。そこにきて、今回のエスキモーだろ? 岡本ちゃん、竹刀で頭かち割る勢いでキレてるから、結構やばいと思うぜ」
「小瀬先輩!」
 そこまで話したところで、声をかけられた。先週、隼人に話しかけてきたサッカー部の一年生だ。隼人と話せるのが嬉しいのか、顔が少し赤くなっている。
「美術部の一年、つれてきました!」
「お、サンキュ。いま、きてくれてんの?」
「はい。向こうに待たせてるんで、ちょっと呼んできます!」
「ここは図書室だから、静かにな」
 はい! と大声を出して、一年生は去っていく。美術部の一年を紹介してくれないかと、隼人が依頼をしてくれたのだ。
「でもさ、真夜はなんで美術部のことを調べろ、なんて言ってきたんだ?」
 それはぼくも不思議だった。理由を聞いても〈仮説の段階だからはっきりしたことは言えない〉と、はぐらかされるだけだった。
「ていうか駿さ、こんな手間かけなくても、お前が圭一郎の家の中とかを空想すればいいじゃん。世界のあちこちが見えるんだろ?」
「うん……」
 隼人の言葉はもっともだったけれど、そうはいかない。ぼくはいま、〈力〉を上手く使えないのだ。
 どうもこの〈力〉は、定期的に使っていないと錆びてくるらしい。昨晩家の中で、圭一郎の自宅を空想しようとしたのだが、どうやっても〈窓〉が反応してくれなかった。空想クラブにいて、毎日みんなのリクエストに対応していたころならまだしも、あれはもう二年以上前の話だ。
「そういうのは、普段から練習しとくんだよ。一回技術が落ちたら、取り戻すの大変だぜ?」
 運動部らしい忠告を受けていると、一年生が戻ってくる。その後ろには、ふたりの生徒がいた。
 ひとりは黒縁眼鏡をかけたおしゃれな子で、もうひとりは小太りの子だ。見た目は全然違うけれど、どちらも同じ、困惑と怯えが混ざった目をしていた。
「あれ? 美術部の一年は、三人じゃないのか」
「ああ、もうひとりはってやつなんですけど、見つからなくて。あいつすごいマイペースなんで、ふらっとどっか行ってるっぽいです」
「そっか。ていうか、ふたりとも、ごめんな。昼休みなのにきてもらって」
 隼人が声をかけても、美術部のふたりはカチンコチンになっていて反応を見せない。サッカー部のエースにいきなり呼びだしを食らったのだから、緊張もするだろう。
「おい、小瀬先輩の前だぞ。シャキっとしろよ」
 サッカー部の一年生がきつめに言う。隼人はすかさず彼のほうを向いた。
「こら、こっちが頼んできてもらったんだから、そんな言いかたすんなよ。失礼だろ」
「……すみません」
「忙しいとこ、本当にごめんな。ちょっと話が聞きたいだけなんだよ」
 美術部員たちに言いながら、怒ってないよという感じで、サッカー部の一年生の肩をぽんぽんと叩く。上手いなあと思った。全方位的な隼人の気配りで、場の空気が柔らかくなる。
 眼鏡の子はくん、太った子はますくんと名乗った。
「どこから聞こうかと思ってたんだけど──まず、圭一郎について教えてくれない?」
 その名前を出した瞬間、リラックスしかけていたふたりに緊張が走った。隼人はそしらぬ顔で続ける。
「圭一郎、エスキモーの恰好してるじゃん。あれ、なんでなの?」
「伊丹先輩が、ひとりでやりだしたことなんです」
 肥後くんが答える。
「伊丹先輩、アラスカをテーマにした絵を描きたいって言ってて、それで、エスキモーの恰好をして部活にもくるようになって」
「それは俺も聞いた。でも、君たちは普通私服じゃん? 一年もやれって言われてないの?」
 肥後くんはセーターにジーンズ、増田くんはジャージの上下という姿だ。
「はい。伊丹先輩、あんまり後輩に強制はしないんで」
「圭一郎がひとりではじめたってこと?」
「まあ、そうです」
「俺は絵は素人だけどさ、あんな恰好をしたからって、絵の役に立つとは思えないんだけど、君たちは止めなかったの? あいつ、担任と揉めて大変なことになってるよ?」
「まあ、あんまり役には立たないと思いますけど、伊丹先輩が言うんなら、役に立つのかもしれません。めてるって話は、ちょっとよく判らないです」
「止めたりは?」
「止めるなんて、そんな……」
 うーん、なんだか、距離がある。
 圭一郎がひとりで仮装をやっていることも、その意味を身内である後輩とも共有できていないことも、あまり親密な関係がない感じだ。サッカー部の後輩と、彼を可愛がっている隼人の姿を見たばかりなので、余計に温度差を感じてしまう。
 話が進むにつれて、その印象はどんどん強くなっていった。
 後輩くんたちは、ふたりとも幼いころから絵を描くのが好きだったそうだ。ただ興味の対象は違っていて、増田くんは漫画が、肥後くんはパソコンを使ってCGを作るのが好きらしい。美術部でもそれぞれ違う活動をしていて、お互いに作品は見せあうけれど、あまり批評しあったり、アドバイスをしあったりもしないようだ。
 圭一郎は、美術部の中では、怖がられているらしい。ふたりとも自分の活動についてはいくらでも話すのに、圭一郎について聞くと途端に口が重くなる。いい先輩です、尊敬してます、すごい情熱の持ち主です、そんな表面的な答えしか返ってこない。
 美術部は、部活として機能してるのだろうか?
 先輩と後輩の間に深い関係はなく、みんな勝手なものを作って活動していてまとまりが全然ない。それが、部活といえるのだろうか。
「九月に美術室で小火が出たって話、知ってる?」
 その瞬間、ふたりの顔色が、明らかに変わった。隼人は当然、それを見逃さない。
「本当にあったんだ、小火が?」
「いえ、その……ぼくはよく知らないんですけど」
「いやいや、その調子だと絶対何か知ってるじゃん。別にさ、生徒会や先生にチクろうなんて思ってないから、火が出た件の真相を教えてくれない?」
「なんでって、その……」
「圭一郎が煙草を吸ってたって噂があるのも知ってる。そういう話になっても大丈夫。俺もこいつらも、誰にも言わない」
 ぼくとサッカー部の後輩を指して言うが、美術部ふたりの反応は悪い。何かを確認するように素早く視線を交わしたあと、うつむいて黙り込んでしまう。
「お前ら、いい度胸してんな」
 隼人の声が、一気に低くなった。サッカー部の後輩が青ざめる。
「誰にも言わないって言ってんだろ。俺のことが信用できないのか?」
 怖い顔を浮かべて、下から睨み上げるようにふたりを覗き込んだ。ぼくですら、きゅっと胃が縮むほどの迫力だった。後輩くんたちはパクパクと口を開閉し、その足が小刻みに震えだす。
 時間が止まった。隼人は相手を窒息させるように、ひたすらに睨み続ける。
 肥後くんと増田くんは、それでも何も言わなかった。震えながら、隼人の圧力に耐え続けている。度胸あると思った。小火のことは絶対に話さないという、強い意志を感じる。
 ──隼人、やりすぎだよ。
 これ以上やっても無駄だと言おうとしたところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。ピンと張り詰めていた空気が、電子音とともにほぐれて、ゆるくなっていく。
「すみません、授業があるので」
 肥後くんが逃げるように去っていくと、増田くんがそれを追いかけていく。隼人は追いかけるまではせずに、疲れたようにふーっとため息をついた。
「悪かったな。あいつらに謝っといてくれ」
 緊張した様子のサッカー部の後輩に言づけをして、教室に帰す。行きがかり上とはいえ、下級生を脅してしまったことへの後悔があるみたいだった。
「こんなんで、いいのかな」
「よかったんじゃない?」
「そうか? 全然実のある話が聞けた感じはしないぜ」
「でも、ここまでは真夜が言った通りになってるよ」
 そう、真夜はこんなことを言っていたのだ。
〈私の予想だと、ほかの美術部員たちは、伊丹くんみたいな恰好をしていないと思う。理由を聞いても答えないだろうけど〉

#10へつづく
◎前編の全文は「カドブンノベル」2020年8月号でお楽しみいただけます!


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