KADOKAWA Group
menu
menu

連載

逸木 裕「空想クラブ」 vol.8

【連載小説】その奇行には理由がある。確信を持った真夜は――。少女の死の真相は? 青春ミステリの最新型! 逸木裕「空想クラブ」#8

逸木 裕「空想クラブ」

※本記事は連載小説です。

>>前話を読む

「うーん、似てるんだけど、なんか違うなあ……」
 スマホの画面を見つめながら、真夜は首をひねる。
 似顔絵アプリを使って女の子の顔を作ってみようとしているのだけど、どうも上手くいかない。
「絵のセンスがないって、こういうことだよね。どこを直せば正解に近づくのか、道筋が全然見えない。やっぱり、伊丹くんにきてもらわないとなあ」
「でもこういう子、珍しいんじゃない? このままでも、捜せるかもしれない」
 そう、真夜の見た子供は、かなり特徴があった。見た目は小学四年から六年生くらいで、目が大きくて肌が白い。「体格は私より、たぶん小さかった」というから、百四十五センチくらいだ。
 一番の特徴は、茶髪だったということだ。暗闇の中、肩まで伸ばした茶色い髪が、浮かび上がるみたいに見えていたらしい。中学校に入ると髪を染めだす人が出てくるけれど、小学生で茶髪は珍しい。
「でも、やっぱり似顔絵が欲しいなあ。無理かなあ」
「今日の感じだと厳しいね。何か、圭一郎の秘密とかないの? 真夜だけが知ってることを言えば、信じてくれるかもしれない」
「うーん、絵の題材を提供していたくらいかな」
「どういうこと?」
「私、散歩とかが趣味じゃない? 街を歩いてて、絵になりそうだなって思う場所を見つけたら、伊丹くんに教えてたんだよ。川上の水門とか、が咲いてる家とか。でもそれは秘密ってほどじゃないしなあ」
 確かに、ふたりがそんな話をしていたところを、見かけたことはある。
 圭一郎は、常に絵の題材を求めていた。空想クラブに出入りしていたのには、楽しいからと同時にそういう理由もあったのだろう。でも、真夜から情報提供をしてもらっていたなら、なおさら手伝ってくれてもいいのに。
「……隼人が昨日、親ネットワークで問いあわせてくれたよ」
 少しでもいい材料を提供したくて、話題を変えた。隼人は今日は、部活に行っている。
「やっぱり、このあたりで子供が亡くなったり、行方不明になったりしてるって話はない。溺れていた子が助かったっていう話もね」
「そっか」
「つまり、子供は助かったってことじゃない? でも、騒ぎになるのが怖くて黙ってる。それ以外に考えられないよ」
「そうだね……」
 真夜は励まされるどころか、浮かない表情になった。自分が落ちたという川のあたりを、真剣なまなしで見つめだす。
「あの子は、どうしてあんなところにいたんだろう。それを、ずっと考えてる」
〈ずっと〉の言いかたに、本当にずっと考えてるのだろうと思わせる重さがあった。
「あんな夜に、子供が川にいるなんておかしいよね。どうしてあの子は、川に入っていたんだろう」
「何かものを落として、拾おうとして入った、とか?」
「サイクリングロードから川までは距離がある。川に何かを落としたのなら、そもそもなんで川に近づいてたのかっていう、新しい疑問が出てくる」
「川岸からじゃなくて、橋の上から落とした、ってのは?」
「ここから一番近いのは笹倉大橋だけど、下流だからこっちには流れてはこない。上流のしんささくらばしまでは、四キロくらいあるはず。こんなところを捜してるのはおかしいよ」
 当然検討済みという感じだ。
「今の季節に泳ぎの練習なんかするわけないし、あんな時間に川の生物を観察していたっていうのも考えづらい。誰かを、助けようとしていたわけでもないだろうし……」
 自分と対話するように、ぶつぶつと呟く。その様子に、見覚えがあった。
「真夜……もしかして、もう結論が見えてるんじゃない?」
 答えに迷っているんじゃない。確固たる結論があって、その周辺にある反論をひとつずつつぶしているような感じだ。真夜は昔から、考えごとの最終局面でこういう自問自答をしていた。
 返事はない。少し考え込むように手を口に当ててから、ゆっくりと首を振った。
「それは、判らないってこと?」
「私なりに、仮説はある。でも、いまの段階では言いたくない」
「なんで? 仮説なんだろ」
「駄目だら。いま変なことを言ったら、子供捜しに予断を与えちゃうかもしれない」
 突然、しんしゆう弁が出てきた。真夜はたまに、生まれ育った地の方言を交ぜてくるのだ。信州弁は地方によって細かく分かれているらしいけれど、真夜はどれも好きだからとあえてごちゃまぜにしているらしい。
 冗談っぽく話をごまかすときにも、真夜は信州弁を使う。とにかく、仮説の内容については言わないと決めているらしい。
 スマホの画面を見た。目の大きな茶髪の女子のアバターが、笑顔で見つめ返してくる。
 顔を上げて、土手のほうを見る。坂の向こうには十階建てくらいのマンションが建ち並んでいる。小学生の子供の行動範囲なんかたかが知れているから、この子はあのマンション群のどこかに住んでいるのかもしれない。この似顔絵をもとに一軒ずつ回れば、見つけられるだろうか。
「しっかし、ほんと、マンション増えたよねえ」
 真夜はいつの間にか、ぼくと同じ方向を見ていた。
「小さいころは、あの辺は古い一戸建ての家ばかりだった。全部どこかの会社が買い上げて、整備し直したんだろうね」
「真夜が転校してきたのは小三のときでしょ? もうマンションはあったよ」
「ああ、もっと昔の、四歳とか五歳ぐらいの話。私はあのころ長野に住んでて、暮れの時期に年一で笹倉にきてた。お父さんが、笹倉の人なんだよね。いま住んでるのも父方の実家で、あのころはおじいちゃんとおばあちゃんが住んでたんだよ」
 そういえば、昔そんなことを聞いたことがある気がする。ぼくも年末はみや島に行っていると伝えたら、私もお父さんが沖縄の人だったらよかったのになあとうらやましがられた。
「あのころ、涼子とよく遊んでた」
 真夜と涼子は、そのころからの親友だったのだ。父親同士が友人で、家族ぐるみのつきあいをしていると聞いたことがある。
「笹倉はこの十年でずいぶん開けたけど、あのころは田舎だったよね。涼子と一緒に〈セントラルパーク〉を走り回って、植物採集したり木登りしたりして、くたくたになるまで遊んでた」
「なんだか、男子みたいだね」
「それが私たちだったの。んで、遊びの最後は、河原にきた」
 真夜は空を見る。
「ここから冬の夜空を見て解散、っていうのが毎年の恒例行事だった。私たちがいつまでも帰ろうとしないから、お母さんに怒られたっけ。あのころは空も暗くて、星がれいに見えてた。いまはマンションから漏れる光が、空を白く染めちゃうんだよね」
「そうなんだ」
「色々なものが、変わってくよね」
 真夜は小石を拾って振りかぶり、川に向かって投げた。実際に石をつかめるわけがなく、そういう仕草をしただけなのに、真夜は目を細めて川のほうを見ている。透明な小石が水切りをしていく姿が、見えているみたいに。
「川沿いはマンションだらけになったし、おじいちゃんもおばあちゃんも亡くなった。駅前の本屋も潰れたし、平成も終わった。私たちは別々の中学に行ってるし、私は……死んじゃった」
「笑えないよ、それ」

 信州弁で軽くはにかむ。
「川は、ほんとに変わらないよねえ」
 真夜は小石をもうひとつ、拾うふりをする。
「空も。月も。星も。宇宙も。私たちと違って、全然変わらない」
「それがどうしたの?」
「一日中ここにいると、腹が立ってくるんだよ。自然は何も変わらなくてもいいのに、私たちはいやおうなく、どんどん変わらざるを得ない。それがすっごく、頭にくる」
 透明な小石を、空に向かって投げる。
 真夜は運動音痴だ。ものを投げるにしても、全身が連動していないカクカクした動きしかできない。それでも、真夜は全力で投げてみせる。空の上まで、小石を飛ばすように。
 透明な小石が放物線を描く軌道が、ぼくにも見える気がした。
「でもさ、伊丹くんは、変わらないと思うんだよ」
 見えない小石が地面に落ちたあたりで、真夜が言った。
「小三のころから伊丹くんを知ってるけど、誰よりも自分のしんを持っていて、ずっとぶれなかった。絵を描くことが大好きで、何かを描いてと頼んだら必ず描いてくれた。あの人が、中学に入ってから変わったとは思えない」
「でも、実際に断られたんだ」
「何か、理由があるんだ」
 確信に満ちた声だった。
「描かないことにも、変な恰好をしていることにも。アラスカの絵を描くためなら、吉見くんと一緒に空想をするほうが、効果があるはず。伊丹くんならそう考える」
 真夜は、うろうろと歩きだした。
 考えごとをするときの真夜の癖だった。こうやって考えると、脳に血液が巡るんだよと、何回も聞かされた。いまの真夜が、脳や血液を持っているかはよく判らないのだけど。
「伊丹くんが変な服を着ている理由は、なんとなく判ってるんだよね」
「え?」
 思わず声が出た。ここまでの話で、何が引っかかったんだろう。
 真夜は急に立ち止まった。思いつきを吟味するみたいに、ぶつぶつと何かを唱えている。数秒ほどそうしたあと、急にぼくのほうを見て言った。
「伊丹くんって、中学では美術部に入ったんだよね?」
「ん? ああ、よく知ってるね」
「去年、文房具屋で会ったときに〈部活に入って絵を描いてる〉って言ってたから。あのときの伊丹くんは、楽しそうだったな……」
 真夜は何かを確認するみたいに頷く。
「吉見くん、ひとつ頼みごとをしていい?」
 曇りが晴れたみたいな目になっていた。
「いまから言うことを、明日学校で、調べてきてほしいんだ」

#9へつづく
◎前編の全文は「カドブンノベル」2020年8月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年8月号

「カドブンノベル」2020年8月号


紹介した書籍

関連書籍

MAGAZINES

小説 野性時代

最新号
2025年4月号

3月25日 発売

ダ・ヴィンチ

最新号
2025年5月号

4月4日 発売

怪と幽

最新号
Vol.018

12月10日 発売

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP