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ラランド・ニシダの「心に刺さったこの一行」――『巻き込む力がヒットを作る "想い"で動かす仕事術』『アイスネルワイゼン』より
心に刺さったこの一行
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忘れられない一行に、出会ったことはありますか?
つらいときにいつも思い出す、あの台詞。
物語の世界へ連れて行ってくれる、あの描写。
思わず自分に重ねてしまった、あの言葉。
このコーナーでは、毎回特別なゲストをお招きして「心に刺さった一行」を教えていただきます。
ゲストの紹介する「一行」はもちろん、ゲスト自身の紡ぐ言葉もまた、あなたの心を貫く「一行」になるかもしれません。
素敵な出会いをお楽しみください。
ラランド・ニシダの「心に刺さったこの一行」
ゲストのご紹介
ニシダ
1994年7月24日生まれ、山口県宇部市出身。
2014年、サーヤとともにお笑いコンビ「ラランド」を結成。『不器用で』が初の著書となる。
ラランド公式サイト:https://www.lalande.jp/
【最近出会った一行】村瀬 健『巻き込む力がヒットを作る "想い"で動かす仕事術』(KADOKAWA刊)より
フジテレビで映画やテレビドラマのプロデューサーとして、世にヒット作を送り出し続ける村瀬健さん。
人の上に立つポジションとは無縁な人生を送ってきたわたしには無関係かもしれないと思いつつも読んだ。
読んでみると、わたしにとっては幸運なことに、上に立つという働き方を教えてくれるものではなかった。
村瀬さん曰く、自身のプロデューサーとしての仕事は「作品のすべてに関わり、そのすべてに口を出しまくる」こと。才能のある人たちを集めてどうやって一緒に作品を作るか、そしてその過程にある困難とその乗り越え方が書かれている。
ケーススタディ的に、村瀬さんが今まで関わったドラマでの豊富な経験を紹介している。
この本の中では、サブタイトルにもあるように"想い"で人を動かすということが一つのテーマになっている。こういうものを作りたいという信念とも言い換えられるだろう。
クリエイターは大方エゴが強い。けして悪口ではなく、ものづくりにおいてエゴの強さは資質の一つであると思っている。エゴイスティックに自分のやりたいことを突き詰めることは、クリエイター、特に上に立つプロデューサーには必須の資質だと思っていた。
しかし、村瀬さんの言う"想い"というのはエゴとは似て非なるものだと、読んでいくと理解できる。
村瀬さんは信頼を置く他人の才能を慮り、尊敬して仕事をする。自らのエゴを振りかざすことはしない。他人を屈服させずに、仲間になって巻き込んでいく。
エンターテインメント業界には、傑出した天才のワントップで作られている作品が沢山あるだろう。そして、そういった逸話はよく出回る。彼らの才能に憧れを持ったことがないとは、わたしは言えない。凡人は常に才能に嫉妬し、焦がれている。
けれど村瀬さんは全く別の戦い方で作品を作る。
一人の人間の才能には限界があるだろう。多くの人を巻き込んで、多数の才能の集合体で傑作を生み続けてきた村瀬さんだからこその戦う術が、この本には書かれている。
「僕は脚本家になれるほどの文才がなくて、監督になれるほどの映像センスがない。だからプロデューサーをやってきたのかな、と感じる」
と、あとがきに綴られている。村瀬さんのこれまでの挫折はわたしたちには分からないけれど、この言葉は誰の胸にも刺さるのではないかと思う。
【忘れられない一行】 三木三奈『アイスネルワイゼン』(文藝春秋刊)より
読んでいるうちにおかしくなってしまいそうな小説だった。皆にもおかしくなってしまいそうになって欲しいので、内容の詳細は語らない。
主人公は三十二歳の琴音。会社員を辞めて、フリーのピアノの講師として働いている。
琴音は種々の感情の揺らぎを、短時間の中で経験する。
この感情の揺らぎは、読者の実生活の中で降りかかってきてもおかしくない日常の些細な遣り取り、そしてごくごく小さな事件から発生していく。心に致命傷は一度も受けない。しかし、わずかながらにHPが削られていく擦り傷が幾重にも積み重なっていく。琴音はその過程で不自然なほど快活に振る舞ったり、突然陰鬱な発言を繰り出したりする。変になっていく。
友人夫婦とクリスマスイブを過ごす場面、友人である優は視力が低下している。彼女に対して、琴音はある発言をする。褒められた内容ではない発言に、優はそれでも発言の真意を汲み取ろうと歩み寄ろうとする。それに対しての返しが
「『嫌いになってほしい』琴音は言った。『嫌いになってほしくて言った』」
である。
怖い。本当に怖い。いつ崩壊してしまうのだろう。そう思いながら読み進める。自分が崩壊するような気持ちがして、何度もページを捲る手を止めたくなる。
三人称の形で描かれる琴音の苦痛がイヤに喜劇的に描写され、しかし琴音は自分の心の内を言葉にはしてくれない。また、物語は終始沢山の会話文で構成されるが、それによって琴音の言葉の空虚さがより目立ってしまう。
もうやめてあげて、分かったから。その願いが叶うこともなく物語は終わっていく。
わたしは今年の芥川賞の受賞作が発表されるまで、候補作を一つも読まなかった。そして発表後、一番に読んだのが『アイスネルワイゼン』だった。今も受賞作を後回しにして、『アイスネルワイゼン』だけを何度も読んでいる。
書籍情報
巻き込む力がヒットを作る "想い"で動かす仕事術
著 者:村瀬 健
発売日:2023年12月04日
大ヒットドラマ「silent」プロデューサーが語る、巻き込み型仕事術
ドラマ「silent」「14才の母」「BOSS」「SUMMER NUDE」「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」「信長協奏曲」、映画「帝一の國」「約束のネバーランド」「キャラクター」など、数々のヒット作を生み出してきたプロデューサー・村瀬健が、映像業界で得た知見を余すことなく語った一冊。
今求められるテーマを感じ取る嗅覚や、最強の座組を実現させる口説き術、若い才能を生かす企画推進術など、ドラマ・映画プロデューサーとして、第一線を走る著者が最も大事にしてきた「”想い”で動かす仕事術」とは? 20年以上に渡ってヒットドラマ・映画を生み出してきた中で培った「天才たちを巻き込む力」を初解禁する。 読むとちょっと勇気が出てくる、情緒に溢れたビジネス書。坂元裕二・川口春奈・ACAね(ずっと真夜中でいいのに。)らによるメッセージや対談も収録されている。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322303002043/
amazonページはこちら
アイスネルワイゼン
著 者:三木三奈
発売日:2024年01月12日
第170回芥川賞候補作
第170回芥川賞候補作。32歳のピアノ講師・田口琴音は、さいきん仕事も恋人との関係もうまく行っていない。そんな中、ひさびさに連絡をとった友人との再会から、事態は思わぬ方向へ転がっていくーー。静かな日常の中にひそむ「静かな崖っぷち」を描き、心ゆすぶる表題作。そして選考委員の絶賛を浴びた文學界新人賞受賞作「アキちゃん」を併録。
「すべての結果としてこの作品は、新人離れした堂々たる手腕を示すことになった」(川上未映子氏の選評より)