北上次郎の「勝手に!KADOKAWA」 第2回 太田愛『幻夏』
北上次郎の「勝手に!KADOKAWA」

数々の面白本を世に紹介してきた文芸評論家の北上次郎さんが、KADOKAWAの作品を毎月「勝手に!」ご紹介くださいます。
ご自身が面白い本しか紹介しない北上さんが、どんな本を紹介するのか? 新しい読書のおともに、ぜひご活用ください。
◆ ◆ ◆
『犯罪者』で顕著なのは、第二章の途中まで、具体的に言うと、角川文庫版上巻の92ページまで短い項が畳みかけるように続いていくことだ。短い項で2ページ、長くても10ページ。どんどん場面が素早く切り替わっていく。だから大変テンポよく、読みやすい。
周防正行『シコふんじゃった』から、近年の足立紳『それでも俺は、妻としたい』まで、映画監督や脚本家など、映像関係者の書く小説を以前から愛読しているのは、それが新鮮であるからだ。その特徴は作者によってさまざまだが、太田愛の場合は、このようにそのリズムのよさ、があげられるのである。シーンがぱっぱっと切り替わるように、テンポよく物語が進んでいくことこそ、この作者の顕著な特徴といっていい。
「1」から「17」まで、畳みかけるように短い項が続き、そして「18」で初めて長い項が出現する。それまでは2~10ページだったのに、この「18」はなんと30ページである。もうここまで来れば読者の体も温まっただろうからと、待っていたように長いシーンが始まるのだ。これが冒頭に置かれたら、浮気性で移り気な現代の読者に飽きられるかもしれないが、そうならないコツを作者は十分に知っているのである。
という結論を出そうとしたが、念のために小説第二作『幻夏』、第三作『天上の葦』も調べてみた。おやおや、そんなに簡単なものではないことが判明してしまった。
第一作『犯罪者』と比較するために、同じく92ページまでの項が、1つあたり何ページかを調べてみたのである。ちなみに、ぱっぱっと素早くシーンが切り替わっていく『犯罪者』は約5.4ページであった。5ページ強のシーンが畳みかけるように続いていくと思っていただければいい。これに比べ、第二作『幻夏』では9.6ページ。第三作『天上の葦』では11.5ページ。なんと、どんどん長くなっている。
短いシーンを畳みかけるのは第一作『犯罪者』の特徴だが、それは必ずしも太田愛の特徴ではなかったことが判明するのである。困ったなあと思うのである。
▼太田愛『幻夏』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321704000329/