北上次郎の「勝手に!KADOKAWA」 第3回 三羽省吾『イレギュラー』
北上次郎の「勝手に!KADOKAWA」
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数々の面白本を世に紹介してきた文芸評論家の北上次郎さんが、KADOKAWAの作品を毎月「勝手に!」ご紹介くださいます。
ご自身が面白い本しか紹介しない北上さんが、どんな本を紹介するのか? 新しい読書のおともに、ぜひご活用ください。
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ラスト近く、センター榊原が全速力でバックし、フェンスにたどりつくと、グラブを高々と上にあげ、ジャンプするシーンがある。ピッチャーのコーキからは、ボールがグラブに納まったようにも、その向こうのスタンドに入ったようにも見える。榊原は空中でグラブを抱えるようにして、肩から芝生に落ちる。レフトのマッキーが駆け寄る。塁審も駆け寄る。セカンドベース手前まで来ていた木崎も驚き、走りながら倒れた榊原を見つめる。ゆっくりと起き上がった榊原が、右手を高く差し上げる。途端に、一塁側のスタンドが沸く。
「榊原ぁ! 残りの十七万、俺が出す!」
コーキが思わずそう叫んだ瞬間、私の涙腺が崩壊した。
いきなり、このシーンを紹介してしまったが、十七万とはいったい何なのだ。こんな紹介の仕方ではわからないだろ、と言われても返す言葉がない。しかし、榊原とコーキの関係とか、十七万の意味とか、全部紹介してしまうと読書の興を削ぐことになるので、ここでは控えたい。高校野球小説の傑作であると書くにとどめておく。
ただいま、角川文庫の目録を見て、あれ、これ、読んでないなあという本を、手当たり次第に読んでいるのである。三羽省吾はデビュー作『太陽がイッパイいっぱい』から愛読しているが、この『イレギュラー』は2006年に刊行された三作目の作品だ。2010年に角川文庫に入った本書のあとがきを読むと、実は二作目だったのだが、某社でボツになり、結果的に三作目になってしまったという。これをボツにしたのかよ、と驚く。
もっと驚いたのは、三羽省吾のファンで、野球小説も好きな私が、この作品を読んでいないなんてあり得るだろうかと、読んだあとで調べたら、「本の雑誌」2006年7月号で紹介していたこと。ま、面白かったからいいんだけど。
▼三羽省吾『イレギュラー』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/201003000103/