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連載

カドブン meets 本が好き! vol.14

女流落語家がやっていく苦難が身にしみた。落語への愛情たっぷりの秀作である。『甘夏とオリオン』【本が好き×カドブン】

カドブン meets 本が好き!

書評でつながる読書コミュニティサイト「本が好き!」(https://www.honzuki.jp/)に寄せられた、対象のKADOKAWA作品のレビューの中から、毎月のベストレビューを発表します!
>>【第13回】幕末の混乱期の恋愛物語。『荒城に白百合ありて』


書影

増山 実『甘夏とオリオン』(KADOKAWA)


第14回のベストレビューは、武藤吐夢さんの『甘夏とオリオン』(著者・増山 実)に決まりました。武藤吐夢さん、ありがとうございました。

女流落語家がやっていく苦難が身にしみた。落語への愛情たっぷりの秀作である。

レビュアー:武藤吐夢さん

 落語は、小説と似ていると思う。
 ホラーがあったり、コメディ、SF、時代物、ミステリー、人情もの、ラブストーリーに社会風刺。だから、おもしろい。

 若さこそが価値であるという時代に逆行しているところもいい。
 よぼよぼの老人が高座に上がる。しわ枯れた聞きづらい声、声量も乏しい。なのに、話し始めると、その物語の情景が見えてくるかのようなのである。
 落語こそは、老人天国なのである。芸歴50年くらいの師匠たちがわんさかいる。しゃべくりという芸だけで客を魅了する。若手では、こうはいかない。それは経験がものを言う世界だからだ。場数が芸に深みを与えてくれるのだ。
 伝統芸能の世界は男社会なのである。相撲、歌舞伎…。落語はそれでも女性も落語家になれるから良い。

 さて、この物語の主人公は女流落語家の甘夏さん。20代前半の若手である。
 子供の頃、父親に厳しく育てられた反発から「アホになってみんなを笑わせたい」と思って落語家になった。
 そんな駆け出し三年目の甘夏の師匠が失踪。残された2人の兄弟子と、落語と女性差別の物語なのである。
 とにかく、落語、落語、落語なのですよ。落語だらけなのですよ。気になって作者プロフィールを確認しても元落語家ではない。参考書籍を見てみると、かなり読み込んでいる。相当の落語好きと見た。だから、深い。
 流暢な大阪弁を使いこなすところも、上方落語を語るには良い。寄席で落語を聞いているかのような錯覚が起こる。

 兄弟子から、最初の方にこんなことを言われる。これは男の落語家の大半が思っていることらしい。

はっきり言お、女は落語に向いてない。

 落語は男社会だ。まだまだ、女性の落語家は少ない。
 古典落語の大半が、男が主人公で男目線で作られているので、女性が演ずると妙な違和感が生じることになる。
 甘夏の師匠は通いの弟子を認めていたが、たいていは住み込みだ。男性の師匠の家に若い女の弟子が住むのは敷居が高い。
 酔っぱらってセクハラしてくる師匠がいる。会社ならセクハラでアウトの場面だ。甘夏さんは拒絶する。すると、弟子が追いかけてきて謝罪されるのかと思いきや、逆に師匠に謝れと言う。
 この感覚の違いに驚いた。セクハラされたら、そのまま受け入れろ。もしくはギャグか何かで受け流せというのだ。そんなことできるわけがない。でも、それが男社会の常識なのだ。甘夏は抗議する。すると、師匠の悪口を言われたのでキレて、彼女はその落語家を殴りまくる。警察沙汰になってしまい報道陣に知られて喧嘩の原因である隠していた師匠の失踪が世間に露見してしまい大変なこととなる。何故か、甘夏が悪者だ。

 甘夏たち弟子三人は、それでも結束し師匠の帰りを待つ。
 深夜零時。師匠の失踪した日に、毎月、寄席を開くことにした。
 師匠が好きだった銭湯でやることになる。
 寄席の名前は、「師匠、死んでしまったかもしれない寄席」。

 ここに、ゲストとして落語協会の会長やセクハラ落語家の師匠、東京からも噺家が来てくれる。そして、三人に優しくアドバイスをしてくれるのだった。
 甘夏は、セクハラ師匠に落語を1つ教わりに行く。
 彼女たちの師匠と対立しているライバルの師匠なのだが、師匠は教えてくれる。
 寄席の後にアドバイスまでくれる。
 私は、これがすごく不思議だった。甘夏さんのせいで、この師匠はセクハラ師匠と報道され、彼からすると腹が立っている。女の落語家なんか認めない、と最後まで言っている。なのに、落語は教えてあげるのである。何か矛盾しているなと思っていたら、最後の方にこんなフレーズがあった。

…同門、他所の一門、関係なく、誰にでも稽古をつける。いわば商売敵に、企業秘密を伝授する。落語の世界はずっとそれでやって来たてんねん…落語は…何度も滅びかけてる。…大阪の噺家の数が十人を切ったこともあった。…残った噺家は、思うた。これから噺家になろうとする奴は宝や、大事に育てんとあかん…

 こういう落語家精神があるから、他門の人間にも企業秘密を惜しみなく教える。
 衰退した一門を助けてやる。
 それが落語なんだそうです。

 とてもいい話しを聞けた。落語会の女性蔑視も、その理由もわかったが、これは変わっていかなくてはならない。落語の魅力が凝縮して詰め込まれている。とても良い作品です。女流落語家から名人が出現するのを期待します。

▼書籍の詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321908000119/

▼武藤吐夢さんのページ【本が好き!】
https://www.honzuki.jp/user/homepage/no12836/index.html


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