インタビュー
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川端誠、約7年ぶりの本格落語絵本。『らくごえほん てんしき』刊行記念インタビュー
撮影:後藤 利江 取材・文:大和田 佳世
『じゅげむ』をはじめ、様々な落語を、子どもから大人まで楽しめる絵本にした絵本作家・川端誠さん。『ばけものつかい』『まんじゅうこわい』など、これまで出版してきた落語絵本はいずれもロングセラーとなっています。
そんな川端さんが、今回あらたに取り組んだのが『らくごえほん てんしき』(KADOKAWA)。「てんしき」を知らないのに知ったかぶりをする和尚と、いたずら小坊主。そこから生まれるおかしなやりとりに大笑い! それにしてもいったい「てんしき」って……?
“話芸”である落語を絵本にするために、どんな工夫をされているのか、制作の舞台裏をお聞きしました。
知ったかぶりから生まれる悲喜劇
── : 『らくごえほん てんしき』(以下、『てんしき』)は、落語絵本シリーズ15巻目『みょうがやど』(クレヨンハウス)以来約7年ぶりの、落語を題材とした絵本ですね。
川端: そうですね。「風来坊」シリーズや「野菜忍列伝」シリーズ、37年越しの構想が形になった『槍ヶ岳山頂』(以上、すべてBL出版)など、7年の間にもいろいろ描いているんですけど、落語の絵本は久しぶりです。 「てんしき」という落語については、以前からずっと「絵本にできないかなあ」と思っていました。でもいい方法がなかなか思いつかなかったんです。「てんしき」って、人間の知ったかぶりから生まれる悲劇というか喜劇というか、噛み合わないやりとりが何とも言えずおもしろい落語なんですよ。
── : 「てんしき」って……絵本を読んでわかったのですが、「転失気」と書いて「おなら」だったのですね(笑)。お腹の調子が悪い和尚さんに、医者が「転失気はありますかな」と尋ねたのがすべてのはじまり。和尚さんはわからないのにわからないと言えず、小坊主の珍念さんに「てんしきをかりてきなさい」と言いつけます。
川端: 何だかわからないものをかりてこいと言われて困った小坊主は、あちこちで「てんしきあったら、かしてください」と聞いて回るんですよ。でも花屋さんは「かざっておいたけど友達にやっちゃった」と言い、石屋さんは「味噌汁にいれてたべちゃった」と言う(笑)。とうとう珍念さんは「てんしきって、なんですか」と医者に聞きに行きます。そしたら「放屁のことじゃ」と言うので、珍念さんは「へっ!」。「そうだ屁だ。おならじゃよ」「あの、お尻からでるやつ」「あまり耳からはでんなぁ」「くさいやつ」「いい臭いはせん」「黄色いの」「色はわからん」……。どうです、このやりとり(笑)。落語のおかしさがよくあらわれていますよね。
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そしてここから先が、絵本ならではの展開を考えたところです。いたずら小坊主が、和尚さんに「てんしき」を何だと言って、だますのか。最後は「くさかった」で終わらせたいから、どう描いていけばいいのかと頭をひねりました。ぜひ絵本を読んでみてください。1ページ目の絵に、実はヒントがあるんですよ。
「落語の世界」を「絵本」に
── : 先ほど、落語の「てんしき」を絵本にするには、当初なかなかいい方法が思いつかなかったということでしたが……。
川端: いい方法とは、絵本にしたときにおもしろくなる方法ということです。絵本は、落語と違って文章や絵が目に見えますから、それを踏まえてちゃんと組み替えて……。オチで笑えるようにしなくちゃいけません。 落語は噺家さんによっていろんなバリエーションがありますが、「てんしき」の場合は、どの噺家さんが演っても、てんしきを盃(さかずき)だと言ってウソをつくんです。そしてオチは「これをやりすぎるとブーブーが出る」なんです。でもそれじゃあ子どもにはわかりずらいし、あまりおもしろくない。子どもも笑えるオチがないかと考えました。
それと、以前描いていた従来のシリーズは、15冊描く間にだんだん文章も絵もちょっと大人っぽくなってしまったので、ここでいったん区切りをつけよう、就学前の子どもも安心して楽しめるやわらかい「らくごえほん」を作ってみたいと思いました。従来に比べると色数を少なく、輪郭線をなくして、全体的に明るくして……。「よし、この方法で『てんしき』を描こう」と腹を決め、オチを「くさかった」から考えはじめたら、おもしろいアイディアがようやっと浮かびました。そうなったらしめたもので、絵本にすることができました。
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大人の会話を聞くのがおもしろくてたまらなかった
── : 川端さんは、いつから落語が好きだったのですか。
川端: 小学1年生くらいからかな、ラジオでよく落語を聞いていました。意味は全部わからなくても、とんちんかんな会話がおもしろかったんだと思います。 さらに興味を持ったのは、小学3年生頃に聞いた小噺がきっかけです。「お前さん、棚、作ってくれたのはいいけど、壊れちゃったよ」「……ええっ、壊れたあ……? おかしいなあ。あっ、お前、何か載せたろう」というんです(笑)。棚って、物を載せるために作られるはずなのに、「載せたろう?」と真逆に返すおもしろさというか、あほらしさというのか……(笑)。その裏表がとても印象的でしたね。「落語っておもしろいなあ」と、ぐっと入り込むきっかけになりました。
僕は日用雑貨の卸をしていた商売家の三男坊で、幼稚園に籍はあったけど、ほとんど行っていません。何をしていたかというと、店にやって来る、いろんな大人たちの会話を聞いていたんです。何をしゃべってるのか、内容はよくわからないけど、聞いていると「嫌なオヤジだなあ」とか、「あ、このおじさんはいい人だ」とかわかってくる(笑)。店先をうろちょろしながら、大人の会話にこっそり耳を傾けるのがとても楽しかったですね。そのおかげで落語を好きになったんですよ。だって、落語ってほとんど会話芸でしょう。
それと、覚えているのは、当時80歳のひいおばあちゃんと、いつも百人一首で“坊主めくり”をしていたことです。毎回、札を開いたあとに、彼女が詠み人から歌から一通り読み上げるので、僕はその言葉と絵にすごくなじんでいました。だから今も和服姿でちょんまげの人を描くのかもしれません。
侍の出てこない落語はみな、明治・大正期の噺なんです。でも僕はすべて江戸時代で描いています。その方が時代考証が楽ですし、人情が伝わりやすいんですよ。
落語と絵本の近い空気感
── : 今も落語を聞きますか?
川端: 仕事場の棚に700枚近くあるCDは、ほぼ全部落語。絵を描くときのBGMなんですよ。桂米朝は何百回聞いたかわからないくらいです。
── : 落語と絵本は、近いところがあると思いますか?
川端: 近いと思います。落語って人前でやるものですよね。たとえば小説は個の世界に没頭して読みますが、絵本はひとりで開き読むものでもあり、みんなで開き読んだりもする。1冊の絵本を一緒に開いて、誰かが何か言ったら「そう、そう!」と応えたり、時には関係ないことを言ったり。その場にいる人同士のやりとりができる空気感は、落語と似ているとつくづく思います。 落語には「マクラ」という、冒頭にする小噺があります。たとえば『てんしき』を僕が子どもたちに開き読むとしたら、「きみたち子どもは知らないことがたくさんあるから、知らないことは恥じゃないけどね、大人になると恥ずかしいんだよ。大人は知らないことを時々知ったかぶりしているんだから……!」という話を文章以外でしてから、『てんしき』を開き読むと思います。 子どもはよく絵本を見ていますよ。たとえば『まんじゅうこわい』で、表紙と中の絵に、まんじゅうが積み上がっている絵をまったく同じように描いたんですが、あるとき子どもがやってきて、「この絵とこの絵は同じだよね」と言うんです。「よく見てるねえ」と感心したら、「でも、ここ逆だよ」と、1か所を指差すんですよ。見たら、確かにまんじゅうの山の1か所、茶と白の位置が上下逆になってるの。ちゃんと交互に色を塗ったつもりだったのに全く気がつきませんでした(笑)。 『てんしき』の中で、石屋さんが「四角いのかい。丸いのかい」と聞いて珍念さんが「四角いのと、丸いのがあるんですか」「ああ、鍋敷きだろ」という場面があります。絵には、鍋敷きと一緒に、ごはん茶碗が3人分描いてあるんです。子どもか職人さんの分かわからないけど、石屋さん夫婦以外にもう1人いるんだなと、絵から想像できるでしょう。これは絵本ならではの楽しみです。
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落語を絵本にするのは難しさもおもしろさもあります。これまでどの噺も、絵本にするには何かの難点があったんですが、それを解決しながら絵本にしています。
郭(くるわ)話は例外ですが、だいたいどの落語も、絵本になる要素は必ずあります。まだまだ絵本にできるものはあると思っているので、これからも楽しみにしてください。
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川端 誠(かわばた まこと)
1952年、新潟県上越市生まれ。絵本作家。
作品に、『鳥の島』(第5回絵本にっぽん賞受賞)、『森の木』『ぴかぴかぷつん』『十二支のお節料理』、「お化け」シリーズ、「野菜忍列伝」シリーズ、『地球をほる』『槍ヶ岳山頂』(すべてBL出版)、「落語絵本」シリーズ(クレヨンハウス)、「果物」シリーズ(文化出版局)など多数。絵本作家ならではの絵本解説も好評。
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