【最終回】河﨑秋子の羊飼い日記「羊飼い達よ永遠に」
河﨑秋子の羊飼い日記

北海道の東、海辺の町で羊を飼いながら小説を書く河﨑秋子さん。そのワイルドでラブリーな日々をご自身で撮られた写真と共にお届けします!
>>第23回「二頭だけの逃亡羊」
当初の予定通り、数日後には最後に残った羊二頭を出荷、あとはその肉を馴染みのお店の数々にお届けし終えれば、完全に私の羊飼い稼業は終了となる。
……と思っていたギリギリの時に、『将来、羊を飼いたいので色々教えて下さい』という、羊飼い志望の青年が訪ねてきた。(もう一年早く言ってくれれば、繁殖用の羊を分けてあげることもできたのに……)
私もかつて羊飼いを志した時、こんな風に方々の羊飼いを訪ね歩いたものだ。そして、ド素人の私に先輩諸氏はそれはもう皆さん真摯に教えて下さった。なので、私も口頭で教えられることはできるだけお教えし、答えられる質問には全て隠すことなくお答えした。
羊飼いは農業の中では超マイナーな仕事ゆえ、従事している人の数も少なくその人間関係も狭い。だからこそ、何かあった時はお互い助け合い、新規の志望者にはかつて自分がそうしてもらったように親切に教える、というのが伝統になっている。歴史も文化も浅い日本の緬羊飼育業界だが、ここは誇ってもいいところだと思う。
私が(若干偏った)知識と経験をお伝えした青年は、私が差し上げた(というか押し付けた)羊の資料の束を手ににこやかに帰っていった。こうした新規志望者が将来実際に羊を飼う確率は、感覚的には五人に一人ぐらいに思うが、できることなら今後も羊飼いは減ることなく、北海道で羊が飼われ続けて欲しいものだと思う。そう願いながら、最後の二頭(前回お伝えした脱走羊だ)を出荷し、無事に羊飼いを終えることができた。
当コラムは今回で最終回となります。読んで下さった読者諸兄姉には心からの感謝を。どこかで日本産のおいしい羊肉を食べる機会があったなら、『ああ、日本の羊飼いも頑張ってるんだな』と思って下さい。
そして、羊飼いでなくなった私は今後文筆に命を捧げますので、書店でもし私の本をお見かけになることがあったなら、どうぞお手にとって『ああ、元羊飼いもなんとかやってるんだな』と思って頂ければ幸甚に存じます。
河﨑秋子(かわさき・あきこ)
羊飼い。1979年北海道別海町生まれ。北海学園大学経済学部卒。大学卒業後、ニュージーランドにて緬羊育技術を1年間学んだ後、自宅で酪農従業員をしつつ羊を飼育・出荷。
『颶風の王』で三浦綾子文学賞、2015年度JRA賞馬事文化賞、『肉弾』では第21回大藪春彦賞を受賞。