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レビュー

人と獣の匂い、手触り、そして生きることと命を奪うことのリアル――五感を揺さぶる小説『颶風の王』

【カドブンレビュー】

 作者の河﨑秋子さんが描く冬は、凍てつくだけでない様々な表情を見せる。河﨑さんの描く動物は、吐く息の震え、臭い、手触り、温もり、目の美しさ……五感に訴える存在感がある。
 それもそのはず。
 彼女は北海道で“酪農と羊飼い”をしている兼業作家なのだ。カドブンで日記を連載しているので、ぜひそちらも覗いて欲しい。
 厳しい自然と隣り合った海沿いの牧場で羊を育て、難産の羊がいたら産道に腕を突っ込んで赤ちゃんを取り出すこともある。場合によっては、かわい~い子羊はラムに、成長したらマトンにしちゃうのだ。日中はずっと肉体労働に費やし、夜の3時間、ようやく作家としての時間が持てるんだそう。
 そんな毎日が、小説の中に存分に生かされている。
 当たり前なのに忘れていること、生きることと命を奪うことは切っても切り離せないという事実が、読者の眼前に突きつけられる。

颶風ぐふうの王』は、明治から平成まで6代にわたる一族と馬との絆を描いた彼女のデビュー作だ。構想は壮大だが、鮮烈な一瞬一瞬を切り取った連作短編集のような趣で、非常に読みやすく引き込まれる。

 物語は、貧農の青年・捨造が、自らの出生の秘密を知るところから始まる。
 母ミネは庄屋の大事な後継ぎとなる娘だったが、貧しい小作農の吉治に恋をする。夏の強い陽射しの中、川の浅瀬で愛馬のアオを世話するその光景ごと、ひとめ惚れしたのだ。
 たちまち両想いになった二人。やがてミネは懐妊する。
 こっそりと村を出奔した二人と一頭だったが、激怒した庄屋の父が村人に命じ、執拗に追いかける。
 そしてとうとう逃亡の果て、往来の途絶えた冬山で雪崩にあい、ミネとアオだけが雪の中に閉じ込められてしまうのだ。
 最初は寄り添っていた人と馬だったが、やがては人が馬を食って生き延びることになる。
 読者の前に、ある種美しい、神話的とも言っていい光景が広がる。
 決して露悪的ではないが、細部まで見えていなければ書けない描写。生きることと命を奪うことへの河﨑さんの思索が凝縮されているシーンでもある。この第一章だけでも『颶風の王』は読む価値がある。
 
 また、明治から昭和、平成へと時代の描きわけも見事だ。それは各章の主人公と馬との関係性に端的に表れる。
 明治は人と馬が共に生き、死ぬものとして躍動感をもって描かれる。昭和は馬が世話をする対象となり、ある種のノスタルジーを感じさせる。平成になると、馬は観察する対象となり、人間と自然との距離がぐっと遠くなってしまう。
 時代によって、シーンの色調まで違って見えてくる。

 ちなみに……“人”対“動物”の濃密な時間。本能が理性を凌駕する瞬間。もっと読みたいと思ったら、彼女の第2作『肉弾』も必読だ。現代の無気力な青年が、熊に追われるうちに覚醒し、激闘する。
 河﨑秋子さん。これからの足跡を追っていきたい作家さんだ。


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