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連載

河﨑秋子の羊飼い日記 vol.21

【連載第21回】河﨑秋子の羊飼い日記「異世界に転生しても羊飼いだったらどうなるか想像してみた件」

河﨑秋子の羊飼い日記

北海道の東、海辺の町で羊を飼いながら小説を書く河﨑秋子さん。そのワイルドでラブリーな日々をご自身で撮られた写真と共にお届けします!
>>第20回「ひつじかいじまい」


羊飼い七つ道具……は、果たして異世界でも通用するのか?(バリカンはあやしい)


 最近、若い人向けのコンテンツで「異世界転生もの」が流行っていると知った。思い返せば私も子どもの頃は主人公が異世界に飛ばされる小説に夢中になったし、さらに遡ればその源流にはナルニア国物語シリーズという名著がある。現代に生きる主人公がまったく違う環境で生き抜く物語というのは、長く愛好されるモチーフなのだろう。
 さて、そこで自分が異世界に転生したらどうなるか考えてみた。
 私の現在の職業は作家と羊飼いなわけだが、まず異世界だと言語が違うだろうから、生き延びる術としての作家業は潔く切り捨てざるを得まい。日本語でこっそり書いて、読者が自分一人の小説をこっそり楽しむ。これはこれで楽しいかもしれないが。
 そして、おそらくどんな世界でも畜産業は存在するだろうから、羊か羊に近い家畜を育てる生業も存在すると思われる。ならば15年にわたって培った羊飼いの経験が役に立つかもしれない。少なくとも自給自足ぐらいなら何とかなる。よしこれだ。これで生きていこう。
 次に、異世界転生につきものの「現代技術を駆使して成功する」的なネタだ。お手軽に畜産の技術革新になりそうなのは、石灰添加などによる草地の土壌改良、種畜の品種改良、飼養施設の効率化、衛生環境の向上、感染症の生ワクチン使用といったところか。だが、これらは全て封印しておいた方がいいだろう。
 なぜかといえば、畜産を主とするような田舎のコミュニティで女一人が突出した技術を駆使すれば、たぶんろくな展開にはならない。よくて妬みから技術をぶん取られるだろうし、悪ければその技術を制御のないまま濫用され、経済格差を産んで戦争を引き起こしかねない。異世界に転生してまでそんな物騒なことはご免だ。
 なので、「周辺の農業技術に準じたレベルでのほほんと羊飼いをしつつ、陰でこっそりしっかり現代技術を駆使して自分の食い扶持は堅実に確保、そのうえで寿命をまっとうする」のが一番平穏な転生人生を歩めるだろう。
 これで完璧! ……と思ったのだが、今読み返してみて、「物語的にはなんの面白みもない」と担当さんからボツを食らうところしか想像できず、頭を抱えている。

河﨑秋子(かわさき・あきこ)
羊飼い。1979年北海道別海町生まれ。北海学園大学経済学部卒。大学卒業後、ニュージーランドにて緬羊飼育技術を1年間学んだ後、自宅で酪農従業員をしつつ緬羊めんようを飼育・出荷。
颶風ぐふうの王』で三浦綾子文学賞、2015年度JRA賞馬事文化賞、『肉弾』では第21回大藪春彦賞を受賞。


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