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連載

河﨑秋子の羊飼い日記 vol.20

【連載第20回】河﨑秋子の羊飼い日記「ひつじかいじまい」

河﨑秋子の羊飼い日記

北海道の東、海辺の町で羊を飼いながら小説を書く河﨑秋子さん。そのワイルドでラブリーな日々をご自身で撮られた写真と共にお届けします!
>>【連載第19回】河﨑秋子の羊飼い日記「しいたけオババの季節」


羊飼い日記20

「河﨑、羊飼いやめるってよ」「へー」

 十五年ほど続けてきた羊飼いを、本年いっぱいでやめることにした。春に産まれた子羊を徐々に出荷し、クリスマス時期に最後の羊を送り出し終えたら、実家を離れて北海道内の適度にのんびりした土地へ移住しようと思っている。
 ……ええ、遅れてきたエイプリルフール的なやつではなくて、本当です。

 理由の一つ目は、作家として専念するためだ。現在の生活では仕事時間の多くを家業の酪農作業にとられていて、酪農を手伝いながら羊の数を増やしたい、という私の当初の目標は頓挫しているうえ、作家として創作をするための時間の確保も難しくなりつつある。今はまだ睡眠時間を削るなりしているが、本を読んだり外部へと取材にも行けない現状では、自分はいずれ大きく後悔することになる、と考えた(あと単純に、過労死したくない)。
 二つ目は、首都圏に住んでいる次兄一家がUターンで戻ってくるのが決まったからだ。これからは、次兄に実家のチーズ工房と酪農の仕事を任せられるうえ、母と私が十年間担ってきた父の介護をバトンタッチできる。家を出ることを考えれば今がベスト&オンリーなタイミングなのだ。

 そもそも、羊が嫌になってやめるのではない。本音を言えば羊飼いは一生続けたかった。それに、未熟な自分ごときが筆一本でやっていけるか不安でもある。しかし、自分の人生で一番大事にしたいのはやはり「小説を書くこと」なのだと思い、思い切ることにした。女は度胸。母の教えである。
 来年からは羊飼いではなくなってしまうが、せめて最後まで良い羊を育てるよう努めたいと思う。羊飼いとしての経験と知識が消えるわけではないし、たっぷりと本を読んで勉強をしたり、行ったことのない場所へ行って色々な人に会ったり、『羊飼いにはできなかったこと』を沢山していきたいと思う(書く仕事が少なくて困ったら、まあ、農業関連のバイトをすれば食べていくぐらいはできるだろう。経験は宝である)。

 とはいえ、時代はシニアいきいき、人生百年時代。百歳で死ぬとしたらあと六十年もある。テキトーに生きている私のことだから、あと六十年の間に「やっぱりもう一回羊飼おうっと!」と思うこともあるかもしれないなあ、などと考えている。
 それはそれで、楽しそうだ。

河﨑秋子(かわさき・あきこ)
羊飼い。1979年北海道別海町生まれ。北海学園大学経済学部卒。大学卒業後、ニュージーランドにて緬羊飼育技術を1年間学んだ後、自宅で酪農従業員をしつつ緬羊めんようを飼育・出荷。
颶風ぐふうの王』で三浦綾子文学賞、2015年度JRA賞馬事文化賞、『肉弾』では第21回大藪春彦賞を受賞。


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