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連載

河﨑秋子の羊飼い日記 vol.19

【連載第19回】河﨑秋子の羊飼い日記「しいたけオババの季節」

河﨑秋子の羊飼い日記

北海道の東、海辺の町で羊を飼いながら小説を書く河﨑秋子さん。そのワイルドでラブリーな日々をご自身で撮られた写真と共にお届けします!
>>【連載第18回】河﨑秋子の羊飼い日記「牛はどこだ」

生でプリプリ、干してうまみたっぷり。

 春が過ぎ初夏となり、花や木の葉の勢いもすっかり強くなった。うちの裏庭にはホダ木が何十本か設置されていて、春からにょきにょきとしいたけが生えてくる。それと同時に、母はしいたけオババと化し、しいたけをベストな時期に収穫すること、そして良い干ししいたけを作ることに血道をあげ始めるのだ。
 たとえば夜遅く、母が針と糸を持って何か繕い物をしているな、と思ってよく見ると、縫っているのは布ではなくしいたけ(の軸)だったりする。生のしいたけを数珠状につなげ、干ししいたけを作るのだ。♪母さんが夜なべをしてしいたけ縫ってくれた~……いや、正月の雑煮や煮物に欠かせないものなのだから、この際ビジュアル的な違和感には目をつぶろう。
 そして日中。母の外出中、私が留守番をしていると、唐突に電話が入る。
「秋子! こっち天気悪くなってきて、家のほうもこれから雨降ったら困るから、取り込んでおいて!」
「わかった! 洗濯物ね!」
「先に、干してるしいたけ!」
 重要度は『洗濯物<しいたけ』なのか。そうツッコミを入れたいが、家庭内の平穏を考え、賢明な私は黙ってしいたけと洗濯物を取り込んでおいた。
 そしてしいたけが見事カラカラに干し上がると、母は「見てほら! うまく干ささった!(=干し上がった)」と嬉しそうに見せびらかしてくる。私にはあたかもその姿が、食らった高僧のしゃれこうべを首に掛けた沙悟浄のようにも見え……いえなんでもありません。正月料理からしいたけ抜かれると困るので、余計なことは差し控えておこう。
 それにしてもこの情熱。この執念。これまで四人の子を育て上げるのに費やされたエネルギーが、子ども達どころか孫まで独立していく頃になって、行き場を無くして母をしいたけに向かわせたように思えてならない。つまりしいたけは母にとっての子や孫の代替物。しかも反抗せず、きちんと手をかければかけるだけにょきにょきと育っていく。うっかりと目を離すととんでもないことになる(=巨大化する)が、母に歯向かうことはない。
 恐るべし、しいたけ……。
 そのしいたけの季節も、そろそろ終了となる。あまり出なくなるのに加え、かさの内側に虫が湧きやすくなってしまうのだ。(しいたけと虫に関して私は重大なトラウマを負ったことがあるのだが、ここに記すのは差し控える)
 さて、しいたけオババではなくなった母が今度は情熱をどこへ向けるのかというと。
「お母さん畑に行ってくるから!」
 ……今度は家庭菜園オババに変貌するのであった。


河﨑秋子(かわさき・あきこ)
羊飼い。1979年北海道別海町生まれ。北海学園大学経済学部卒。大学卒業後、ニュージーランドにて緬羊飼育技術を1年間学んだ後、自宅で酪農従業員をしつつ緬羊めんようを飼育・出荷。
颶風ぐふうの王』で三浦綾子文学賞、2015年度JRA賞馬事文化賞、『肉弾』では第21回大藪春彦賞を受賞。


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