【第283回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第283回】柚月裕子『誓いの証言』
懐かしい名前で呼ばれて嬉しいのか、大橋は感極まった顔で晶の両肩を掴んだ。
「なにもしなくていい。黙って若社長の申し出を受ければいいんだよ」
晶は首を横に振った。それはできない、そう思う気持ちと、自分を引き取ったせいで事故を起こした文子に代わり自分が償わなければならない、というふたつの気持ちが心でせめぎあっていた。
その様子を黙って見ていた佐方が、横から話しかけてきた。
「その慰謝料、若社長から大橋さんが受け取るのはいかがですか?」
「俺が?」
大橋が驚いた顔で佐方を見る。佐方は頷いたあと、晶を見た。
「そのお金を、晶さんが受け取り慰謝料を払う。それなら、晶さんも申し出を受け入れやすくなりませんか?」
晶は大橋を見た。大橋は目を輝かせて、晶に言う。
「アキちゃんがそれがいいっていうなら、そうしよう。俺がお金を受け取る。それを、俺からアキちゃんに渡す。それがいい、そうしよう!」
晶は目で大橋に、それでいいのだろうか、と問う。晶の心の内を感じ取ったのだろう。大橋は子供に言い聞かせるように、ゆっくりと話す。
「いいんだよ、アキちゃん。いままで辛い思いをしてがんばった分、人に頼っていいんだよ。あと、アキちゃんがすることは、自分を大事にすることだ」
「自分を、大事に――」
繰り返す晶に、大橋はもう一度言う。
「そう、自分を大事にするだけでいい。それだけでいいんだ」
大橋の優しい言葉に、再び目頭が熱くなる。涙がこぼれないように、晶は上を見あげた。眩しい秋の陽が、目に飛び込んでくる。
(つづく)
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