【第279回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第279回】柚月裕子『誓いの証言』
晶は封筒を開けて、中身を取り出した。無地の白い便箋が一枚入っていた。細長く折りたたまれている。それを開いた晶は、縦に書かれている文字を読んだ。
『申し訳ありません』
たった一行、毛筆でそう書かれている。穂先がかなり揺れているのか、ようやく読めるような乱れた字だった。
やはりこれが、なにを意味するものなのかわからない。考えていると、便箋の隅に、小さく書かれている文字を見つけた。それを読んだとたん、息が止まった。やはり乱れた字で、児玉勝也、とある。
「これ――」
晶は便箋を握りしめ、大橋を見た。
大橋は頷く。
「児玉の若社長から」
佐方が、晶の横から手紙を見ながら説明した。
「公判の前に、大橋さんは高松市内の介護医療院に行ったんです」
「どうしてそこに――」
晶が訊ねると、佐方は答えた。
「児玉勝也さんは、そこの施設に入所しているんです」
晶は驚いて大橋を見た。勝也はたしか、まだ還暦くらいではなかったか。介護が必要な年齢ではない。
大橋は辛そうな表情で、目を伏せた。
「若社長、三年前に脳溢血になってさ。アキちゃん、覚えてるかな。先代の謙吾さんも、同じ脳溢血で急逝してるんだ。だから、若社長が倒れたって聞いたときは、先代と同じように早くに亡くなってしまうかもしれないって思った。でも、幸い発見が早くて命は助かった。ただ、重い後遺症が残ってしまって、いまはそこの施設で暮らしている」
児玉興業グループの経営は、勝也に子供がなく、身内にもグループを背負っていける人材がいなかったことから、重役だった人間が引き継いだという。
(つづく)
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