【第276回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第276回】柚月裕子『誓いの証言』
「私は――」
晶は喉から言葉を絞り出す。
大橋がハンカチを握りしめながら、晶の顔を再び覗き込んだ。
「ん? なんだ。言ってみろ」
昔と変わらず、子ども扱いする大橋に、涙が止まらない。
「私はただ――ただ――」
「ただ――?」
晶はしゃくりあげながら、言う。
「私は悲しかった。大好きだったおじいちゃんが死んでしまって、とても淋しかった。でもそのあと、文ちゃんが引き取ってくれて、かわいがってくれて、おじいちゃんが残した借金も一緒に返そうってがんばった」
一度、口にした言葉は止まらなかった。長いあいだ誰にも言わずに堪えてきた思いが、一気にあふれ出た。
「みんながおしゃれして、いろんなところにいって遊んでいるとき、私は一生懸命働いて、おじいちゃんの借金を返してきた。そのなかで、大切な人と出会って、結婚の約束もして、借金もようやく返し終えて、やっと幸せになれるって――やっとおじいちゃんを喜ばせてあげられるって思ったときに――」
涙が止まらず、しゃくりあげる。そばで聞いていた佐方が、晶が続けようと思っていた言葉を紡いだ。
「そう思ったときに、文子さんが事故を起こしたんですね」
晶が頷く。
「それとほぼ同じころ、婚約者から別れを告げられた。そうですね」
佐方の、婚約者、という言葉に、恋人だった藤本蒼汰の顔が脳裏に浮かぶ。
どうして蒼汰が、自分が銀座の店に勤めていたことを知ったのかはわからない。どこで知ったのかを訊ねたが、蒼汰は言わなかった。ちょっと耳にした、としか答えなかった。それだけで、なんとなく想像はついた。蒼汰に教えた人を責めるつもりはない。嘘をついていた自分が悪いのだ。
(つづく)
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