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連載

【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』 vol.115

【第275回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉

【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。

【第275回】柚月裕子『誓いの証言』

 晶はどうすることもできなかった。自分たちを見捨てた人間を憎くない、と言えば噓になる。その一方で、大橋はなにも悪くないという思いもあった。誰もが自分の家族が大切だ。それは自分がおじいちゃんが大切だったことと同じだ。その気持ちを責めることはできない。ただ――ただ自分は――。
 黙ったままの晶を、大橋は地面に膝をついたまま見上げた。
「アキちゃん?」
 自分の名を呼ぶ大橋の声が、かつて聴いた声と重なる。
 晶が小さい頃、大橋はおじいちゃんの工場に恵を連れてよく遊びに来ていた。大橋は我が子と同じくらい、晶を可愛がってくれた。大橋のところのおばあちゃんが作ってくれたはげ団子の美味しさは、いまでも忘れられない。
 大橋の顔を見ているうちに、目頭が熱くなってきた。咽喉のどの奥からなにかがこみ上げてくる。それを必死にこらえていると、身体が震えてきた。
 大橋が立ち上がり、晶の顔を心配そうに覗き込む。
「どうした。気分が悪いのか? どこか痛いのか?」
 大橋の言い方は、まるで小さい子供に訊ねているような感じだった。こらえきれず、目から熱いものがこぼれ落ちる。
「ああ、アキちゃん。泣くな。いや、泣いてもいい。いままでずっと、辛い思いに耐えてきたんだ。思いっきり泣いていい。ほら、これ使え」
 大橋はズボンの尻ポケットから、ハンカチを取り出した。ずっと座っていたからか、ハンカチは押しつぶされたように皺くちゃだった。

(つづく)

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連載小説『誓いの証言』は毎日正午に配信予定です(日曜・祝日除く)。更新をお楽しみに!
https://kadobun.jp/serialstory/chikainoshogen/

第1回~第160回は、「カドブン」note出張所でお楽しみいただけます。

第1回はこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/n/n266e1b49af2a
第1回~第160回の連載一覧ページはこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/m/m1694828d5084

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