【第253回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第253回】柚月裕子『誓いの証言』
乙部は岩谷に注意を促した。
「検察官は、私が許可してから発言をしてください」
岩谷は頭に血がのぼっていた自分に気づいたらしく、口を噤んだ。しかし、佐方を見る目は変わらない。威嚇するような眼差しで睨んでくる。
乙部が佐方に訊ねる。
「いまのいままで――ぎりぎりまで待っていた、ということは、それほど証人の話は重要である、そう解釈してよろしいですか」
証人不在のまま尋問を進めようとする乙部を、止めようとしたのだろう。岩谷が口を開けて、椅子から立ち上がりかけた。しかし、その途中で我に返ったのか、なにも言わず浮かせた尻を椅子に戻した。
佐方は乙部の問いに答えた。
「はい、そうです。さきほど申し上げたとおり、証人が元気だったら、このような事件は起こらなかった、そう強く思います。そのような理由から、ここで証人と原告になにがあったのか説明させてください」
乙部は両側にいるふたりの裁判官に顔を寄せた。それぞれで、なにやら話している。やがて乙部は前を向いて言う。
「弁護人は、話を続けてください」
佐方は乙部に一礼した。目の端でちらりと岩谷を見る。岩谷は悔しそうな顔で、佐方を睨んでいた。
佐方は、岩谷が裁判長になにを言っても、裁判長が佐方の訴えを退ける可能性は低いと思っていた。今日、この場に証人が来られない理由は正当なものであり、医師の診断書も用意している。もし、退けられるようなことがあったとしても、このあとにある弁護人の弁論で伝えられる。これから話すことは、なにがあっても法廷にいる者全員が耳にするよう、佐方は算段していた。
(つづく)
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