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【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』 vol.87

【第247回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉

【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。

【第247回】柚月裕子『誓いの証言』

「異議あり」
 岩谷が佐方を睨みながら、乙部に言う。
「いまの質問は、証人の想像を言わせるだけしか意味のないものであり、その想像は、この法廷にいる人の感情を左右する可能性があるかもしれないものです。公判で最も尊重されなければならない公平を乱すような質問をする弁護人に、強く抗議します」
 岩谷の役者の面は、剥がれていた。表情に余裕はなく、額には汗が滲んでいる。いまの状況を試合にたとえるなら、勝つことを前提に挑んだ剣士が、相手の立ち回りで形勢逆転され、追い詰められている場面だろう。ならば裁判官は、試合の審判といったところか。
 果たして審判は、岩谷の訴えを退けた。
「異議を棄却します」
 審判は、この場面における佐方の立ち回りが、この試合の勝敗を分ける重要なものであることがわかっているのだ。
 試合での審判の差配は絶対だ。岩谷は悔しそうに口をつぐんだ。
「大橋さん、さきほどの質問に答えてください。被告人が誰であるかを知ったときどう思いましたか」
 佐方の問いに、大橋は記憶を辿るように俯いて目を伏せた。
「もしかして、アキちゃんが――」
 続きを言いかけた大橋は、ふとなにかに気づいたように顔をあげた。乙部と佐方に言う。
「ここでは原告と呼ぶべきなのかもしれませんが、私は昔から彼女のことをアキちゃんと呼んでいます。だから、この場でもそう呼ぶことを許してください」
 佐方は乙部を見た。判断を委ねる、と目で伝える。乙部は考えるようにわずかに首を傾げたが、すぐに頷いた。
「そのほうが話しやすいなら、それでけっこうです」
 大橋の喉が上下した。唾を飲み込んだのだろう。ひと呼吸おいて、証言を続ける。
「被告人のことを知ったとき、もしかしてアキちゃんが原じいのために復讐をしたんじゃないか、そう思いました。でも、すぐにそれはないと考えなおしました」
「それは、なぜですか」

(つづく)

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連載小説『誓いの証言』は毎日正午に配信予定です(日曜・祝日除く)。更新をお楽しみに!
https://kadobun.jp/serialstory/chikainoshogen/

第1回~第160回は、「カドブン」note出張所でお楽しみいただけます。

第1回はこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/n/n266e1b49af2a
第1回~第160回の連載一覧ページはこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/m/m1694828d5084

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