【第248回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第248回】柚月裕子『誓いの証言』
大橋は顔をあげて、昔を懐かしむように遠くを見た。
「私はアキちゃんが生まれたときから知っています。両親を亡くして、原じいに育てられてからもです。アキちゃんはがんばりやさんで、優しい子です。それは、原じいが大切に育てたからです」
大橋は原じいのことを語る。親がいない晶を不憫に思っていたこと、親たちとは年代が違うから、小さい子供が喜びそうな服や遊びがわからなくて困っていたこと、晶が蕃永石の職人になると言ったことを心配しながらも喜んでいたこと、晶をとても愛していたこと。
大橋は声を震わせながらも、毅然とした態度で前を見据えて言う。
「そんな風に愛されて育ったアキちゃんが、人を貶めることなんてするはずがない。それに、私はアキちゃん本人から、結婚すると聞いていました。いま私は幸せだ、きっとおじいちゃんも喜んでくれているって――そんな人が誰かに復讐なんてするはずないと思ったんです。でも――」
そう言って、再び大橋は俯いた。佐方が大橋の言葉を引き継ぐ。
「でも、原告は結婚しなかった、いや、できなかった、そうですね」
大橋が頷く。
「結婚の話がなくなったことを、ついこのあいだ知りました。アキちゃんが銀座で働いていたこともです。信じられなかった。蕃永石の職人を目指していたアキちゃんが、まったく違う仕事――酒の相手をする仕事をしていたなんて。それが、結婚がダメになった原因だなんて――」
佐方が言葉を続ける。
「掴みかけていた幸せを失ってしまった原告の前に、被告人が現れた。自分は辛い目に遭っているのに、自分の祖父を死に追いやった被告人は酒を飲んで楽しそうに笑っている。一度は忘れようとした悔しさが蘇り、被告人に復讐を――」
「異議あり!」
岩谷の強い声が、佐方の言葉を遮った。
「誘導です。先ほどと同じく、弁護人の思い込みによる発言は、裁判官や傍聴人の心情に影響を与えるものです」
(つづく)
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