【第249回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
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【第249回】柚月裕子『誓いの証言』
こんどは乙部も、岩谷の訴えを受け入れた。
「異議を認めます。弁護人は質問を変えてください」
佐方は大人しく引き下がった。この発言に岩谷が異議を唱えることも、乙部が異議を認めることも想定内だった。佐方が岩谷の立場だったとしても、同じように異議を唱えたし、乙部の立場だったとしても異議を認める。さきほどの発言は、その類のものであることは佐方にもわかっていた。
そのような、一見、意味がないように思える発言を佐方がした理由はほかにある。次に控えているもうひとりの証人尋問だ。
佐方はそこへ導くために、大橋の尋問を進める。
「あなたが最後に原告に会ったのは、いまからどれくらい前ですか」
大橋が答える。
「一年ほど前――原じいの十七回忌のときです」
「そのとき、原告はひとりで?」
大橋が首を横に振る。
「いいえ。文ちゃんと一緒です」
「文ちゃん――原滋さんが亡くなったあとに原告を引き取った女性ですね。原告の父親のお姉さんで、原告からみれば伯母にあたる方ですよね」
大橋は頷く。
「そうです。安藤文子さんで、私は昔から文ちゃんと呼んでいます」
「文子さんは原告の結婚を喜んでいましたか?」
大橋は、聞くまでもないとでもいうように、さきほどより大きく頷いた。
「もちろんです。いままでがんばった分、幸せにならないとね、と言っていました」
「それではなおさら、あなたは原告が亡くなった祖父や自分を育ててくれた伯母を悲しませるようなことをするはずがない、そう思いますよね。私があなたの立場でも、そう思います」
岩谷が怪訝な顔をした。傍聴人たちも、なにかがおかしい、といった感じで難しい顔をしている。
(つづく)
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