【第244回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第244回】柚月裕子『誓いの証言』
大橋は辛そうに目を伏せた。
「ええ、一時だけでしたが――」
含みのある言い方を、佐方が追従する。
「それは、組合も辞めたということですね」
そこで大橋は、厳しい目を佐方に向けて反論した。
「いいえ、辞めたんじゃない。辞めさせられたんです」
傍聴席から、息を呑む気配がする。
さきほどまで、異議あり、を繰り返していた岩谷も、話の成り行きが気になってきたらしく、尋問に聞き入っている。
「どういうことか、話してもらえますか?」
佐方の言葉に、大橋が俯く。長い間のあと、ぽつりぽつりと答えた。
「丁場を去ったからといって、原じいに対する職人たちの信頼と敬意は消えなかった。それがやがて自分を脅かすんじゃないか、そう思った若社長は、原じいを組合から追い出す画策をしたんです」
「どのような?」
大橋はつぶやく。
「圧力です」
組合は議題があがったときに、多数決で決める。若社長の勝也は、組合に加入しているとはいえ、丁場を出ていった者に蕃永石を卸していたことはいままで一度もない、これを許していたら同じようことが起きて、組合や丁場の統率が取れなくなる可能性があると言う。それを防ぐためにも、原じいを組合から脱退させようと目論んだ。
「児玉興業グループの力は大きい。地元の者ならなにかしらの形でかかわりを持っている。若社長の意に従わなかったら、職を失うことになりかねない」
組合員の家には、蕃永石事業協同組合の顧問弁護士事務所の弁護士たちがやってきて、説得に当たったという。
「はっきりとは言わないけれど暗に、言うことを聞かなければ困ることになる、そう受け取れる話をしていきました。仕事がなくなることを恐れた組合員たちは、原じいを組合から脱退させることに協力したんです」
(つづく)
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