【第214回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第214回】柚月裕子『誓いの証言』
小坂が声を潜めてつぶやく。
「自分を裏切った夫が、どんな証言をするのか聞きに来たんでしょうね」
小坂が言うとおりだと、佐方は思う。だが、舞衣の本心はわからない。どのような経緯で結婚したかはわからないが、生涯をともにしようと思った相手だ。情はあるだろう。
親子、夫婦、親友――どんなに親しい相手でも、その人の気持ちを百パーセント理解はできない。感情は、本人にすらわからないときがある。ましてやそれが、幾度かしか顔を合わせたことがない人間ならばなおさらだ。舞衣が、夫が裁きを受けることを望んでいるのか、夫の訴えを信じて無罪を祈っているのか佐方にはわからない。
続いて小坂は、証言台を挟んで自分たちと向き合っている席を見た。事件の担当検察官、
小坂はふたりを見ながら、小声で言う。
「なんだか、いかにもお役人って雰囲気ですね。上から目線を感じます」
岩谷も事務官も、たったいまとても嫌なことがあったような難しい表情で、机に置かれている書類に目を通している。
佐方は複雑だった。本人たちは物事を上から見ているわけではない。ただ、堅くるしく見えるスーツ姿と、上着の襟につけている秋霜烈日のバッジが、見るものに威圧感を与えるのだ。かつての自分もそう見えていたのかと思うと、そこに気づかなかった若い頃の自分が情けなくなってくる。きっと、検事だった佐方に怯えた人もいただろう。もっと、配慮すべきだった。
(つづく)
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