【第185回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第185回】柚月裕子『誓いの証言』
強がりともとれる言葉を口にしたあと、文子は固い決意を秘めた声でつぶやくように言う。
「それならそれでいい。私はどんなことがあっても、ちゃんと借金をすべて返す。アキちゃんに、あなたのおじいちゃんは立派な蕃永石職人だった、人から悪く言われるような人じゃない、だから、あなたも胸を張って生きなさい、そう言えるようにする。それが、お父さんのなによりの供養だし、お父さんもきっとそれを望んでる。お父さんのためにも、アキちゃんのためにも、私がんばる」
大橋はなにも言えなかった。すごいな、がんばれ、なにかあったらいつでも頼ってこい、そんな言葉が頭のなかをぐるぐると駆け巡る。そのどれもが本心だった。しかし、口にしたとたん、軽いうわべだけの言葉になってしまいそうな気がして言えなかった。
やがて車は、文子の家の近くまで来た。文子は家の前ではなく、少し離れたところに車を停めさせた。いまはまだ、晶に会わせたくない、と言う。
「いま大ちゃんの顔を見たら、いろんな気持ちが混ざり合って、また熱を出しちゃうだろうから」
文子はふざけた感じでそう言ったが、大橋に会って気持ちが乱れることを案じたのは確かだ。
晶の顔をひと目見たいと思ったが、大橋は無理を言わず、車を停めた場所で文子を降ろした。
「送ってくれてありがとう」
大橋に背を向けて歩き出そうとした文子を、大橋は引きとめた。
「文ちゃん」
足を止めて、文子が振り返る。しかし、なにを言いたいのかわからない。戸惑いながら黙っていると、文子が微笑みながら手を振った。
「またね」
文子は踵を返し、道を歩いていく。大橋は次第に小さくなっていく背中を、見送ることしかできなかった。
(つづく)
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