【第184回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第184回】柚月裕子『誓いの証言』
文子は大橋を見て、固い決意が籠った声で言う。
「大丈夫。私、アキちゃんのことを大事に育てる。淋しい思いはさせない。楽しいことをいっぱいさせる。私もあの子がいてくれると、生きる張り合いになるんだ。これからもっと働いて、お父さんが残した借金を返していかないといけないしね」
そのときになって、大橋は文子が原じいの借入金の保証人になっていることを思い出した。
「そのお金、やっぱり文ちゃんが払うのか?」
文子の話によると、借金をした本人が亡くなった場合、連帯保証人が債務を負うのが基本だという。
「相続放棄をするとか、自己破産手続きをするとか、支払わずに済むかもしれない方法はあるらしいんだけど、それが通るかわからないし、もし通るとしても私はしたくないんだ」
「どうして?」
大橋が訊ねると、文子は少しの間のあと、小さいがはっきりとした口調で言った。
「私、お父さんが後ろ指をさされるようなことは、絶対にしたくないんだ」
ここで借金を返さなかったら、原じいは借金を踏み倒した、そう言われ続けることになる。父親をそんな風に言われたくないし、原じいが大好きだった晶のためにもそんな風には言わせられない、そう文子は言う。
「でも、払えるあてはあるのか?」
大橋が心配すると、文子は表情を一転させて明るく笑った。
「私、看護師っていう資格を持ってるじゃない。いまの時代、看護師とか介護士とか、弱っている人の手助けをする仕事は引く手あまたなの。いまのところでやっていけないなら、もっと条件がいいところに移るだけよ」
原じいが残した借金は、新しく建てた工房の買い手がつくか、ついたとしてもどれくらいで買ってくれるのかでかなり違ってくるという。
「でも買い手に関しては、あんまり期待できないんだよね。お父さん、丁場であんな死に方をしたじゃない。神聖な丁場を血で汚した者が使っていたところを好んで買う人なんて、いないと思うの。少なくとも、地元じゃね」
(つづく)
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