【第183回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第183回】柚月裕子『誓いの証言』
「養子にするには、必ず姓を変えないといけないのか?」
晶がどうしても名前を変えたくないならば、いまの苗字のままで戸籍を移す方法はないのだろうか。
文子は歯切れの悪い言い方で答えた。
「調べればあるのかもしれないけど、あったとしてもアキちゃんにはどうしても苗字を変えてもらわないといけないんだ」
理由は、文子の亡くなった夫の親族だという。
「児玉の若社長が、自分のところの職人を組合から追い出したことは、このあたりの人なら誰でも一度は耳にしているくらい知られている。亡くなった夫の実家もその話を聞いていて、私があの子を引き取るって言ったら猛反対してね。児玉に逆らった家の子供をうちが引き取ったって知られたら、とばっちりを食う。そんなことはやめてくれってすごい剣幕だった」
それでも文子は引かなかった。晶の境遇を説明し、自分が引き取らなければ晶はひとりになる。そんなことはさせられない、と断固として夫の実家の言い分を退けた。
「そこで、歩み寄ったところが、原という苗字を使わないっていう条件だったの。原という苗字のままだと、あの子の身元がわかってしまうかもしれない。原の姓を捨てて安藤になるなら許すって言われたんだ」
文子の話を聞きながら、児玉興業グループの力がこの地においていかに大きいかを、大橋は実感した。
「それで、アキちゃんを自分の姓――安藤にするって決めたのか」
大橋がそう言うと、文子は悔しそうに下唇を噛みしめた。
「私も原の家が無くなるのは嫌だった。一度は、私が夫の戸籍を抜けて旧姓に戻ることも考えたの。でも、夫の親族が言うとおり、原の名前を使い続けることはこれからのあの子にとっては生きづらくなるって思った。だから、苗字は変えてもらう」
(つづく)
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