【第182回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第182回】柚月裕子『誓いの証言』
やがて、車のラジオが賑やかな情報番組から、音楽番組に変わった。どこかで聴いた懐かしいメロディが流れてくる。パーソナリティーが、秋の夕暮れにぴったりな曲だと紹介した。
文子が静かにつぶやいた。
「私、アキちゃんを養子にしようと思う」
大橋は驚いて、咄嗟に助手席に顔を向けた。しかし、よそ見は危ないと気づき、すぐに前方に目を戻す。
前を見ながら、文子に聞き返す。
「養子って、自分の戸籍に入れるってことか?」
文子が窓の外を見る。
「さっき言ったでしょう。私、子供に縁がないと思ったって。でも、いまは違う。私はアキちゃんを引き取ることになっていたんだなって思うの。だから、自分の子供は授からなかったんだって」
さっきは戸惑ったが、落ち着いて考えれば、文子に引き取られることは晶にとっていいことだと思う。原じいには、文子のほかに近い身内はいない。文子が引き取らなければ、施設に入ることになるだろう。
大橋はほっとしたそばから、不安をひとつ覚えた。晶が文子の話を受け入れるかだ。原じいが亡くなって、まだ一週間しか経っていない。原じいがいなくなったことも受けとめられているかわからないのに、いきなり伯母の子供になる話に頷くだろうか。
大橋がそう言うと、文子は顔の向きを前方に戻し、小さく息を吐いた。
「それは私もちょっと心配なんだけど、私もがんばるから、アキちゃんにも我慢してもらわないとね」
文子が言うには、晶が一番嫌がるのは原の苗字が変わることだと思う、とのことだった。
「ずっと使ってきた自分の名前が変わるのは、子供でも抵抗があると思うの。まして原の姓はあの子にとって、おじいちゃんの忘れ形見だし」
(つづく)
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