【第181回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第181回】柚月裕子『誓いの証言』
「俺、車で来てるんだ。家まで乗せていくよ」
大橋がそう言うと、文子は遠慮したのか断ったが、半ば強引に車に乗せて出発した。原じいへの罪滅ぼしになるなら、どんな些細なことでもしなければいけない、そんな思いでいっぱいだった。
家に送る道すがら、文子の近況を聞いた。
文子は結婚したあと、蓮倉郡に家を建てて暮らしていた。夫の実家がそばにあり、両親が地元に帰ることを望んだからだった。
文子にとっても、それはいい話だった。文子は、子供が生まれても働くつもりでいた。そのときに、義父母の手が借りられるのはありがたい。それに、自分の実家がある蕃永町も近くなる。文子は夫の考えに賛成した。
しかし、子供はできなかった。結婚して三年目から不妊治療をはじめたが、子供は授からない。
「そうこうしているうちに、夫ががんになっちゃってね。五年前に死んじゃった。そのときにわかったの。私は子供に縁がないんだなって」
相当辛い話なのに、文子は誰か他人のことのように淡々と話す。泣いて泣いて吹っ切れたのか。それとも、達観したふりをしないと耐えられないのか。
窓の外を見ていた文子が、大橋に顔を向けて訊ねた。
「大ちゃん、結婚は?」
大橋は答える。
「したよ。夏美っていうんだ。実家で一緒に暮らしている」
恵のことは言わなかった。子供に恵まれなかった文子に、愛娘がいる、と伝えることが
その気遣いに、文子は気づいたようだった。そう、と言ったきり、なにも言わない。
結婚したと伝えたら、次は子供の話になるのが自然な流れだ。しかし、大橋は、いる、とも、いない、とも言わない。子供についてなにも触れないことに、自分に対する配慮を感じたのだろう。
(つづく)
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