【第180回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第180回】柚月裕子『誓いの証言』
「文ちゃん――」
文子は赤い目で、大橋の顔を見た。両手を身体の前に揃えて、丁寧に頭を下げる。
「今日は、来てくれてありがとう」
「頭をあげてよ。そんなの当然――」
当然のこと、そう言おうとしたが、言葉がのどに詰まって出てこなかった。
大橋は思わず、文子から顔を逸らした。
そう、本当は親しくしていた人であり、蕃永石職人の先輩である原じいの葬儀に参列するのは、当然のことなのだ。だが、それが丁場の者たちはできずにいる。自分も身を小さくして参列しているのだ。こんな淋しい葬儀にしてしまった責任の一端は、自分たちにある。それが心苦しくて、文子と目を合わせることができなかった。
文子は大橋の気持ちがわかっているのかいないのか、途中で止めた言葉の続きを促さず、静かにつぶやいた。
「すっかり立派になったね。私も歳をとるはずだわ」
大橋は思い切って話を変えた。
「今日はどうするの。原じいの家に泊まるの?」
文子は首を横に振った。今日のうちに家に帰らなければならない、という。文子はいま、蓮倉郡で暮らしていた。香川と高知の県境にある小さな町だ。
「アキちゃん、いま私の家にいるの」
原じいが亡くなったあと、警察から知らせを受けて病院にやってきた文子が、晶を連れていっていたのだった。
「葬儀に連れてこようと思ったんだけど、おじいちゃんを亡くしたショックか、雨に打たれたからか、あの日から熱を出してね。いまも下がらなくて、起き上がれないから連れてこられなかったんだ」
文子がいない今日は、晶は文子の知り合いが見てくれているという。
(つづく)
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