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【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』 vol.7

【第167回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉

【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。

【第167回】柚月裕子『誓いの証言』

 返事を求められた大橋は、反射的に断っていた。
「いや、私は今日は――」
「なんだ、用事があるのか?」
 勝也が不満そうに訊ねる。
「いえ、ここ一か月ほど、フェアの準備でゆっくり家で過ごせていなくて。それで今日は、早く家に帰って、家族と過ごそうかなと――」
 歯切れの悪い言い方になったが、半分は本心だった。もう半分は、平尾の顔など見たくなかったからだ。
「せっかくお誘いいただいたのに、すみません」
 詫びる大橋を誰も強く引きとめなかった。むしろ勝也は理解を示し、後片付けはほかの者に任せて早く引き上げたほうがいい、と言う。
 大橋は勝也の言葉に甘え、ほかのスタッフよりも一足早く会場を出た。
 駐車場に止めてある車に向かう途中、会場を振り返った。閉場の時間が過ぎているのに、まだ客はなかにいた。なかから聞こえてくる談笑が、今回のフェアの成功を物語っている。
 その声を聞きながら、ふと原じいの顔が浮かんだ。このフェアの会場を見たら、原じいは何というだろう。そう考えると同時に、原じいはきっとなにも言わないと思う。言うとしたらひと言、大橋が勝也側についたと知ったときと同じように、がんばれよ、としか言わないだろう。
 原じいのことは、いまでも好きだ。職人としても人としても尊敬している。だが、原じいのやり方のままだったら、このようなフェアはできなかった。展示会をしたとしても、かつてと同じ形――蕃永町のなかで、良くも悪くも変わらずに粛々と行われていただろう。

(つづく)

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連載小説『誓いの証言』は毎日正午に配信予定です(日曜・祝日除く)。更新をお楽しみに!
https://kadobun.jp/serialstory/chikainoshogen/

第1回~第160回は、「カドブン」note出張所でお楽しみいただけます。

第1回はこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/n/n266e1b49af2a
第1回~第160回の連載一覧ページはこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/m/m1694828d5084

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