【第168回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第168回】柚月裕子『誓いの証言』
時代が変わるとき、新旧で摩擦が起きる。それはどんな分野でも同じだ。その
勝也のやり方を、認めはしない。だが、今回のフェアを経験して、多少、強引だったが、勝也の方針に従ってよかったのかもしれないと感じた。
自分の車の鍵を開け、運転席に乗り込む。
エンジンをかけたとき、フロントガラスにぽつりと水滴が落ちた。雨だ。今朝のテレビの天気予報で、このあたりは今夜から大雨になる、と気象予報士が言っていた。
大橋はワイパーを動かす。雨はあっという間に、ワイパーを最速にしないと追いつかないぐらい大降りになった。
慎重にアクセルを踏み、会場の駐車場を出る。
つけっぱなしにしていたラジオから、男性のパーソナリティの声がした。曲のリクエストをしたリスナーの名前を読みあげた。
「リクエストをくださったのは、高松市にお住まいのトシノリさん。ご希望の曲は――」
大橋は、思い出せずにいた新米弁護士の下の名前を思い出した。
利典だ。久保利典、それがあいつの名前だ。
雨が叩きつけるフロントガラスの向こうに、久保の顔が浮かぶ。平尾の隣で神妙な顔をして座っていた。
久保は原じいが組合から外されたとたん、丁場にも組合にも顔を出さなくなった。そして、気づいたときには、平尾の事務所を辞めていた。
思えば久保が平尾の事務所にいたのは、わずか三年ほどだ。一般的に、弁護士が一か所の事務所にいるのがどれくらいの期間なのかわからない。しかし、三年は短すぎると思う。
辞めた理由はわからない。別に知りたいとも思わない。ただ、平尾にも久保にも、もう会いたくない。大橋は頭を切り替えて、ひたすら家に向かって車を走らせた。
(つづく)
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