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連載

東田直樹の絆創膏日記 vol.45

【連載第45回】東田直樹の絆創膏日記「月へ旅立つ日」

東田直樹の絆創膏日記

自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす26歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>【連載第44回】「特別な2×7=14」

 朝晩、涼しくなって来たと思ったら、急に気温が下がって寒いくらいだ。ひんやりとした風が流れていく。夏から秋へと移り変わっているのが、よくわかる。
 どんなに名残惜しくても、季節は次へ次へと進む。逆戻りすることはない。僕も置いて行かれないように、頭の中を日々更新しなければいけない。
 脳の中には、さまざまな場面が収められている。
 僕は、季節に合わせて部屋の小物を置きかえるみたいに、9月に起きたであろう思い出を、記憶の中から寄せ集め、並べてみる。そうすれば、この時期にこれまで僕が何をしていたのか、過去を頼りに自分の状況を整理できるかもしれない。
 今しなければならないことは何か、日々思い悩む僕。それなら、何かを見たり、誰かに教えてもらったりすればすむことなのに、とアドバイスしてくれる人もいる。でも、僕は、時間がかかっても自分の頭で考えたいのだ。
 何者にも支配されない自分でいたい、僕が僕であることが重要だから。
 思考に集中するために、五感をいったんフリーズ。
 頭の中の9月をどれくらい秋模様にするかで迷いながら、今日なすべきことを決めた。
 ありきたりな毎日で十分なのだ。
 自分が決めた時間に、過剰なストレスは感じない。

 僕は、自分では、のんびり出来ていると思っていても、人から見ると、せかせかしているように見られることがある。僕が、のんびりしているかどうか、周りには、わかりづらいみたいだ。
 のんびりするというのは、体や心を休めることだと思う。横たわっていれば、体がのんびりしている状態に違いない。
 心がのんびりしているのは、どういう状態を指すのか。そもそも、心は休むことなど出来るのだろうか。
 心について考えると面白過ぎて、いくら時間があっても足りない。
 なぜ、心を休めなければいけないのか、そこから疑問である。
 心が疲れると自分を見失うと聞く。では、自分が自分でなくなったら、その心は誰のものなのか。自分を見失えば楽になるはずなのに、ますます苦しくなるのは、どうしてだろう。
 それは、心が感情に支配されているからだと思う。けれど、感情を作り出すのも心なのだ。自分が作り出した感情に振り回されるなんて、よくよく考えるとかわいそうである。
 自分でもコントロール不能なのが心だ。体を休めたからといって、心も一緒に休むことができているのだろうか。
 心の休息に一番有効なのは、何も考えないことだろう。でも、何もしないと考えるくらいしかやることがない。だから、つい考えてしまう。すると、感情が暴れだす。
 眠ることが、唯一の心の休息か。

 秋になると、巻積雲と呼ばれるうろこ雲がきれいに見える。うろこ雲は、本当に美しい。
 雲の形状が、うろこに似ているから、うろこ雲という名前になったのだろうか、本当のところはわからないが、空を見て魚のうろこを想像した昔の人は、何だかすごいと思う。
 小さな雲がたくさん並んでいるだけなのに、その雲のひとつひとつを寄せ集めて、魚の姿を作り上げる。魚の種類は、見ている人の自由だ。
 どのように泳いでいるのか、どこに向かっているのかも、好き勝手に決めていい。うろこ以外は、何も決められてはいないのだから。
 どうして、うろこの形にこだわったのか、ふと考える。うろこ雲以外にも、小石雲とか、つぶつぶ雲とか、ちぎれ雲とか名前の候補は、いろいろあっただろうに。
 実は、僕自身がうろこ雲を見ている時には、魚を想像してはいないのである。うろこ雲は、僕の目には、大きな空に水しぶきがかかっている光景にしか見えないからだ。
 空高く広がる小さな雲片たち。
 みんなの想像の世界で、うろこのある魚がどれほど大空を回遊していても、僕の想像の世界の空に魚はいない。
 同じ景色を見ているのに、そこには全く別の世界が広がっているのだ。
 うろこ雲を背に僕は腕組みする。
 水しぶきをかけたのは誰?
 どうやって、空に水しぶきをかけたのか、その方法を知りたくて、僕は、今日も空を見上げているのだ。

 十五夜のお月様は美しい。
 僕は月を見ていると、自分がかぐや姫になったみたいな気分になる。どうしてだろう、郷愁に駆られるのだ。「月に帰らなければ……」と本気で思う。何が僕の心を、そうさせるのか。
「なんて、きれいなお月様」
 両目に月が映っている間は、嫌なことを忘れられる。月が僕の心を幸せで満たしてくれるからに違いない。
 僕は地球という星に住むちっぽけな人間だが、太陽系のひとつである月を、自分の目で見ることが出来る。僕自身も宇宙という巨大な生命体の一部なのだと感じ、体中がじんわり温かくなる。
 月には、神秘な力があるのだ。
 たやすく訪れることなど叶わない遠い衛星、月での生活も想像できないのに、そこに住んでいたかのような妄想にとりつかれる。
 ある日、気がつくと、地面から僕の足が離れ、体が宙に浮く。来るべき時が来たと覚悟を決め、地球に別れを告げ月へと向かう。
 そんなシーンだけが、繰り返し頭の中をよぎるのだ。
 月を見上げ心を慰める。漠然とした別れの予感。この気持ちは生きることに対する哀愁なのである。
「さようなら、さようなら……さようなら」
 旅立つだろう日の心情を、月を行き先にして、僕は繰り返し下稽古するのだ。


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