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連載

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」 vol.2

ついに恩師の宮里を見付けた香。しかしその部屋にいたのは、裸の男女で……。 赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#2

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

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「待ってて」
 ここへ案内してくれた女性が、香を玄関に置いて、中へ上った。
 ライトが部屋の中を照らしている。
「おい、カメラ、こっちへ回れ!」
 何かの撮影をしているらしいということは分った。でも、こんな狭いアパートで? しかも宮里先生の部屋なのに……。
「よし、本番行くぞ! 時間がない、本気でいけ!」
 香は靴を脱いで上り込んだ。数人が奥の部屋の手前に立って、向うを見ている。
 香はその男たちの合間から中をのぞいて──目を疑った。
 小さなベッドの上で、裸の男女が絡み合っている。女が大げさに声を上げ、カメラを持った男が真上から写している。
 わけが分らなかった。──何なの、これは?
 すると、さっきの女性が、黒っぽいハーフコートをはおった男を引張って来た。
「この子よ」
「何だ、一体? 今は忙しくて──」
 と言いかけて、目を見開く。
「先生……」
「お前……。矢ノ内か」
「元は先生だって言ってたもんね」
 と、女性が言った。「女子高生に手出してクビになったって……」
「黙れ。──おい、矢ノ内、どうしたっていうんだ?」
「先生……。こんな……」
 ベッドの上の女がひときわ高い声を上げた。宮里は振り返って、
「よし! それでいい!」
 と怒鳴った。「休憩だ!」
 香は自分でも分らない内に、そのアパートを出ていた。
 宮里は他のスタッフに呼ばれて奥へ入って行った。その間に、香は夜道へとさまよい出ていたのだ。
「あんなこと……。馬鹿みたい……。先生があんな……」
 意味のないことを呟きながら、夢中で歩いていた。
 広い通りに出ると、目の前にバス停があって、バスがとまっていた。香はタタッと走ってそのバスに乗った。
 どこへ行くのか、何も分らない。
 ともかく、空いた席に座って、香は息をついた。
 今のは夢だったの? まさか、あんなことがあるなんて……。
 でも、あそこにいたのは、間違いなく宮里修だった。香が何年も頼りにして、ただ一人、信じ続けて来た男だった。
 ──バスは走り続けていた。
 窓の外は、どんどん明るく、にぎやかになって行った。
「次は終点……」
 というアナウンスが聞こえた。
 降りなきゃいけないということは分った。
 でも、降りてどこへ行くの? ──バスが停って、降りると、信じられないほどの人の波が、香をみ込んでしまった……。

1 レッドカーペット

「間に合うのかしら」
 ひっきりなしに腕時計を見て、気が気でない様子なのは、あまもとふみである。
「大丈夫よ、落ちつきなさい」
 と、たしなめるのは文乃の母、天本さち
「だって、こんなに道が混んでて……」
「余裕を見て出てますから」
 と言ったのは、タキシードに蝶ネクタイのスタイルが、どうにも窮屈そうな映画監督のてらやまけんである。
「それに、少々遅れたって、主演女優が到着しなきゃ、何も始まらないわよ」
 幸代の言葉に、
「それはそうだね」
 と笑ったのは天本
 文乃の娘、幸代の孫娘である。
 ──車一台に、天本家の三世代と、他に三人乗っているのは、普通は乗ることのない大型のリムジンだからだ。
 向い合せのシートは三人ずつ座ってもゆったりとして、車は滑るように静かに走って行く。
「公開が少し遅れましたけど」
 と、寺山が言った。「でも、ゴールデンウィークにちょうどかかるんで、かえって良かったと思います」
「ありがとう。こんなおばあちゃんの映画を見に来てくれる人がいるかしら」
 と、悠然とほほんでいるのは、今日プレミア上映される映画〈影の円舞曲〉の主演女優、さわやなぎきぬ
 高血圧などの症状で入院していた、かつての大スターを引張り出したのが寺山である。
「SNSで話題になってますよ」
 と、有里が言った。
「悪いわね、寺山さん。宣伝に協力できなくて」
 と、布子が言った。
「とんでもない! こうしてプレミアに出ていただけるだけで充分です」
 高齢の布子を、TVや方々の試写会に引張り回すわけにはいかない。
「看護師さんが助手席に」
 と、布子の隣に座った若者が言った。
 かず、布子の孫の十九歳である。
「舞台挨拶が終ったところで、血圧を測ってもらって、映画を見るかどうか決めて下さい」
 と、寺山が言った。
「見ますよ」
 と、布子が即座に言った。「スクリーンに自分が映し出されるのを見るなんて、久しぶり! 見逃してなるもんですか」
「いや、本当に沢柳さんは撮影でお元気になられましたよね」
 寺山もうれしそうだった。
「あなたの『ヨーイ、スタート!』が、どんな薬より効いたわよ」
 と、布子は言った。
「──もうすぐですね」
 と、加賀が窓の外を覗いて、「この辺は人通りが多いけど……」
 もう夜になっているが、ネオンの明りが降り注いで、外は昼間のように明るかった。
 リムジンの中も、華やかだった。
 天本家の三人と、沢柳布子が、この日のために用意したドレス姿だったからだ。もっとも、文乃だけは至って地味で、有里に散々文句を言われていたが……。
 布子を挟んで座っている男性二人はタキシード。どう見ても、スラリとして脚の長い加賀和人の方が似合っている。
「──到着します」
 と、ドライバーの声がした。
 照明が当って、白いリムジンは光り輝くようだった。
「さあ、沢柳さんが最初に」
 と、寺山が言った。「加賀君、沢柳さんの腕を取って」
「監督の方がいいですよ。僕のことはみんな知らないし」
「いいのよ。来て」
 と、布子が加賀の手を握った。
 リムジンが静かに停って、ドアが開くと──。
「やった」
 と、有里が言った。「一度歩いてみたかった!」
 ライトが照らしているのは、まつぐに続くレッドカーペットだった。
 そして、その両側を埋める、鈴なりの人、また人……。
「行きましょう」
 と、布子が促した。
 加賀と腕を組んで、沢柳布子がゆっくりと進んで行く。真直ぐに背筋の伸びたその後ろ姿は、見とれるほどきれいだった。
「有里、寺山さんと行きなさい」
 と、幸代が言った。
「え? でも、おちゃんの方が──」
「寺山さんだって、有里と腕組んだ方が楽しいと思うわよ。私は文乃とついて行くから」
「はい」
 他の出演者たちは別の車で後からやって来るはずだ。
 有里は、寺山と二人、レッドカーペットを歩き出した。
 両側の見物客が、我先にケータイやスマホで写真を撮っている。
「ちょっと! 押さないで!」
「危いでしょ!」
 という声がしたと思うと──。
 二、三人が押し倒されるように転んだ。ロープをつかんで立っていたガードマンの足下に、女の子が一人、勢いがついて倒れた。
「危いわよ!」
 と、有里が素早く駆け寄った。
 女の子は、起き上ろうとしてうめいた。
「私がやるわ」
 と、文乃がやって来て、「有里は行きなさい」
「でも──」
「大丈夫です、私が」
 と、駆けて来たのは、助手席から最後に降りた看護師だった。
 スーツ姿だが、バッグを抱えている。
「じゃ、お願いします」
「あんたは行って!」
 その場を、文乃と看護師に任せて、有里は寺山を追って行った。
「心配ないです」
 と、有里はうなずいて見せた。
 レッドカーペットの上で、沢柳布子がインタビューを受けていて、そこに寺山も加わった。
 有里は気になって、振り返った。倒れた少女が支えられて行くのが見えた。
 看護師がいるのだ。大丈夫だろう。
 有里は加賀を促して、先に会場の中に入って行った。

#1-3へつづく
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