【連載小説】この事件にはどうやら薬物が絡んでいるようだ。村上刑事は太田充代のもとへ向うことに決めるが……。赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#10-3
赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。
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有里の想像した通り、太田充代はまだ眠っていた。
ケータイの鳴る音で、ハッと目を覚ましたが、本当はかなり長い間、鳴り続けていたのだ。
「──はい。もしもし……」
「村上だけど」
「あ、村上さん。さっきはどうも」
本当はさっき、どころじゃないのだが。
「まだ眠ってた? 起こして悪かったね」
と、村上は言った。「有里君の言った通りだった。もしかしたら、まだ眠ってるかと思ってかけてみたんだ」
「ごめんなさい。まだ頭がボーッとしてて」
昨夜の出来事が、果して現実だったのか、そんな気さえしていた。
「今、そっちのアパートに向ってるんだ」
と、村上に言われて、眠気がふっ飛んだ。
「え? あの──今すぐはちょっと……」
「まだ十五分ぐらいかかるよ」
「十五分じゃ……。お願い、三十分待って」
と言いながら起き出す。
「分った。じゃ、三十分したら行く」
「よろしく!」
ブルブルッと頭を振って、「──焦った! 三十分で何とか……」
あわててシャワーを浴びて、何とか頭をすっきりさせると、やっと昨日のとんでもない出来事がよみがえってくる。
今はともかく……。
バタバタしながら、ともかく身支度をして、鏡の前で髪を直していると、玄関のチャイムが鳴った。
「はい!」
と、大きな声で答えて、急いで玄関へ。
「まだ二十分ですよ」
と言いながら、ドアを開けると──。
「誰か待ってたのか?」
宗方が立っていたのだ。
充代が何も言えずに立ちすくんでいると、
「出かけるぞ」
と、宗方は言った。
「あの……」
「弟を死なせたくないだろ」
「
「落ちつけ。まだ生きてる。まだな」
宗方の手に拳銃があった。「金を下ろすんだ。仕度をしろ」
「お金……ですか」
「お前らのおかげで、こっちは身を隠さなきゃいけなくなった。出せる金は全部出してもらう。早くしろ!」
宗方は苛立っていた。
「ええ。すぐ……。ちょっと待って」
村上がやって来る。三十分? あと七、八分だ。
しかし、猛の身も心配だった。
キャッシュカードを持って、
「猛はどこにいるんですか?」
と訊いた。
「二、三時間の内に戻らないと、弟は生きちゃいないぜ。──出かけるぞ」
どうしようもない。充代は促されるままに、部屋を出た。
「──お前が運転しろ」
と、宗方は言った。「妙な真似はするなよ」
宗方の車の運転席に座る。宗方は助手席に座って、拳銃を手に、
「車を出せ」
と言った。
村上はまだやって来ない。──充代はエンジンをかけた。
「この道を行って、広い通りを左へ行くんだ」
と、宗方は言った。「ぐずぐずするな!」
仕方ない。──充代は車を出した。
▶#10-4へつづく
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