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連載

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」 vol.38

【連載小説】ついにマナの居場所を突き止めた一行。少女の失踪事件にはなんだか裏がありそうで……。赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#10-2

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。

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 病院の中へ入ると、内山が手早く指示を出している。
「──息はある?」
「ええ。しかし、時間がたっているので」
 と、内山は厳しい表情で言った。「脳がどこかやられていると思いますが、それがどの辺で、どの程度ダメージを受けているかが問題です」
「意識が戻ってくれるといいわね」
「詳しくは、朝になってからCTを撮ります。しかし……ひどいことをさせるんだな、あんな若い娘に」
「本当にね」
「あの娘を預かった病院だって、何かやれることはあったでしょうに。許せませんよ」
 内山の言葉には激しい怒りがこめられていた。「──ともかく、できるだけのことはします」
「よろしく」
 と、幸代は言った。
「ご連絡しますよ。天本さん、もう帰られて下さい。お疲れになったでしょう」
「そうね。疲れてはいませんが、私がいてはかえって内山さんが気をつかわれるでしょうからね」
 すると、そこへ、中年のベテラン看護師がやって来て、
「先生」
「どうした?」
「あの娘さんに、注射の跡が」
「何だって?」
 内山の声が変った。

 有里は夕方になるまで、目を覚まさなかった。
 やっとベッドから起き出したのが夕方五時。
 シャワーを浴びて目を覚ますと、それでも欠伸あくびしながら、居間へと下りて行った。
「──生きてたのね」
 と、文乃が言った。
「何とかね……。アーア」
 と、力一杯伸びをして、「お腹空いた!」
あきれた。今食べたら夕飯が食べられなくなるわ。我慢しなさい」
「お腹空いて失神する」
「じゃ、村上さんに電話しなさい。気が紛れるでしょ」
「村上さんから何か言って来たの?」
「何か言いたいことがあったみたいよ」
 遠慮して、有里のケータイにはかけなかったのだろう。
「分った!」
 たちまち元気になって、有里は階段を駆け上った。
 ケータイで村上へかける。
「──もしもし? 今起きたの。けがはどう?」
「ああ、大したことないよ」
 と、村上が言った。「吉川マナのことは聞いてない?」
「ともかく、ついさっきまでぐっすり」
「そうか。今、K大病院で、検査を受けてる。意識は戻ってなさそうだ」
「可哀そうにね」
「それでね、マナの腕に注射の跡があったんだ」
「え? それって──」
「薬物だろうな。何か射たれて、ひどい撮影でも、わけが分らないようにさせてたんだろう」
「ひどい……」
「ああ。あの久我って医者をとっちめてやる。知らなかったはずがない」
「一発殴りに行こうかな」
「それに、もしクスリが絡んでるとしたら、宗方が人を殺したのも分る。ビデオの撮影だけなら、あそこまでやるのは不自然だと思ってた。そういう裏があったら、口をふさぐ必要があったのも分るよ」
「そうだね。──で、ゆうべの男、やっぱり宗方だった?」
「ああ、間違いない。そっちの担当に訊くと、何人かの写真を見せてくれた。〈宗方さぶろう〉の写真が、あの男だった」
「良かったね、正体が分って」
「しかし、君も危いことをしたもんだ。後悔してるよ」
「手遅れだよ」
 と、有里は言った。
「早速手配するよ。君はもう家でおとなしくしててくれ」
 村上の言葉は無視して、有里は、
「今、どこにいるの?」
 と訊いた。
おお充代のアパートに行く途中さ。弟のことが心配だろうからね」
「充代さんも、たぶん夕方まで眠ってるよ」
 と、有里は言った。「私が一緒に行った方が、起こしてあげられる」
「いいかい──」
「場所は分ってるもの。じゃ、向うでね!」
 と言って、切ってしまった。
「──お母さんに何て言って出よう」
 と、有里は呟いた。

▶#10-3へつづく
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「小説 野性時代」第208号 2021年3月号


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