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連載

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」 vol.37

【連載小説】窓から発砲してきた宗方は、そのまま旅館の表玄関で有里と対峙して――。赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#10-1

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。

前回のあらすじ

興津山学園に通う天本有里が出会った矢ノ内香は、不思議な火災で父母を亡くし恩師・宮里を頼りに上京したところ、宮里がアパートでAVを撮影しているのを目撃、カバンに切断された指を入れられたという。病気の妻のためAVで稼ぐ宮里と暮らす太田充代は、弟の猛から宗方という男に見込まれ、殺人の罪をかぶって姿を隠す、と言われる。AVの撮影現場で少女が不審な失踪を遂げたと知り、村上刑事らは手掛かりを知る久我医師が隠れる温泉宿に行くが、旅館に着いた宗方が外から久我を狙い発砲する。外で見張っていた有里の連絡で久我の命は助かったが、逃げる宗方と有里が旅館の前で対峙する。

13 古びたカウンター(つづき)

 むなかたの視線が、旅館の中へ向く。
 その瞬間、は玄関へ飛び込んで伏せると、
むらかみさん! 危い!」
 と叫んでいた。
 村上が駆けつけて来る。宗方が一発撃って、走り去った。
「有里君! 大丈夫か!」
 と、村上が駆け寄る。
「私は大丈夫。村上さん──」
 有里は息を吞んだ。村上の左腕に血がにじんでいたのだ。
「かすっただけだ。君が何ともなければ」
「今のが宗方よ、きっと」
 と、有里が起き上って、「あのってお医者は?」
「肩を撃たれた。病院へ運ぶ」
 そのとき、旅館の前を車がスピードを上げて通り過ぎて行った。
「きっと宗方の車だわ」
 と、有里は言った。「同じ所に車を停めてたの」
「そうか。ともかく、病院へ──」
 コートを体にかけられた久我が、みつ女将おかみに両側から支えられて、連れて来られた。
「村上さん! けがを?」
「これぐらい平気だ。車を持って来る。女将さん、病院へ案内して下さい」
「はい! 久我さん、しっかりして下さい」
「俺はもう……死ぬ……」
 と、久我は弱々しく言った。
 村上が車へと走って行く。
 有里は服の汚れを払って、
「またお母さんに叱られる……」
 と呟いた。

14 細い糸

 深夜、救急車がサイレンを鳴らして夜の町を駆け抜けて行く。
「──あのサイレンかしら」
 と、K大病院の救急入口の前で、あまもとさちは言った。
「おそらくそうでしょう」
 と、腕時計を見て言ったのは、この病院の医師、うちやままさ。「こんな時間ですからね、もう着いてもおかしくない」
「ごめんなさいね」
 と、幸代は内山に言った。「こんな時間に呼び出したりして」
「とんでもない」
 と、内山は首を振って、「天本さんの頼みとあれば、いつどこへでも飛んで行きますよ」
「ありがとう。──何しろ、孫が危いことばっかりやってるものだから」
 と、幸代は言ったが、「もっとも、そういうところは似てしまったらしいけどね」
「私に言われる前に、ご自分でおっしゃいましたね」
 と、内山はちょっと笑って言った。「有里君はもうお宅に?」
「さあ、どうかしら。ここへも来たがったけど、ふみがさすがに怒ってるから」
「文乃さんのお気持も分りますね」
 サイレンが近付いて来た。「来ましたね」
 内山が、病棟の中へ声をかける。
 看護師が三人、ストレッチャーを押して出て来た。
「先生、患者さんのお名前は──」
「確か……よしかわでしたね?」
「吉川マナといったと思うわ」
 と、幸代が言った。
「意識がないということしか分ってない。まず、全身のチェックが必要だな」
 と、内山は言った。
 救急車がK大病院の中へと入って来る。
 幸代のケータイが鳴った。
「有里だわ。──もしもし」
「おちゃん、どう?」
「今、救急車がK大病院に着いたところよ。内山先生も来て下さってるわ」
「ありがとう。内山先生によろしく言ってね」
「大丈夫なの、あなたは?」
「うん。でも、さすがにくたびれた!」
 と、有里は言った。
「当り前よ。今夜はもうやすみなさい」
「そうする。マナさん、どうかな。充代さんも心配してる」
「ともかく、検査してみないとね」
 ──有里たちが病院へ運んだ久我から、吉川マナのことを訊き出した。
〈SM物〉というジャンルのビデオの撮影で、ロープで縛られ、逆さ吊りにされた吉川マナは、撮影中にロープが絡まり、首を絞められてしまったのだ。
 スタッフがあわてて、対応が遅れた。
 久我が呼ばれたが、マナは意識を失ったままで、久我は古い知り合いの医師に頼んで、マナを入院させた。しかし、治療などはせず、久我はスタッフから、
「黙っていてくれ」
 と、金を渡され、温泉へしばらく姿を隠すことになったのだった。
 その事情を聞いた有里は、すぐに幸代に連絡して、吉川マナをK大病院へ移してもらうことにした。
 かくて、夜中に、幸代が内山医師を叩き起すことになったのである。
「マナさんのおじいさんには、村上さんが連絡してる」
 と、有里が言った。「連絡が取れたら、そっちへ駆けつけると思うよ」
「分ったわ。それと、村上さんは大丈夫なの? 撃たれたんでしょ?」
「弾丸が左腕をかすったけど、その手当はしてもらったから。──危なかったんだ」
「人のことより、あなた自身も、でしょ」
「うん……。でも、お母さんにはあんまり言わないでね」
「今はともかく寝なさい。後はこっちに任せて」
「うん、分った。よろしくね。おやすみなさい……」
 幸代はちょっと首を振って、
「──あの声の様子じゃ、アッという間に眠ってるわね」
 と言った。

▶#10-2へつづく
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