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連載

【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』 vol.52

【第212回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉

【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。

【第212回】柚月裕子『誓いの証言』

   第十三章

 壁際の席に着いた佐方は、法廷内を見渡した。
 傍聴席は、空きがなかった。ほとんどが、マスコミと思しき人間だった。放送局の名が入った腕章をつけている者もいれば、いかにも新聞記者らしい堅苦しいスーツを身に着けている者もいる。砕けた服装だが目つきが鋭いのは、フリーの記者といったところだろう。
 佐方より少し遅れて、小坂が法廷に入ってきた。公判がはじまる前に、手洗いに行っていたのだ。小坂は急いで佐方の隣の席に座ると、傍聴席を見て驚いた顔をした。
「すごい人ですね」
 佐方に顔を近づけて、声を潜めて言う。
「それだけ、この事件は多くの人間が関心を持っているってことだ」
 裁判の関係者から聞いた話では、傍聴の倍率はおよそ十二倍。四十席に対して、五百人以上の傍聴希望があったという。
 刑事事件とはいえ一般的には、事件関係者や当事者の身内が傍聴に来るくらいで、席がすべて埋まることは滅多にない。
 久保の起訴が決まったのは、ひと月前だ。久保が逮捕されてから、今日でおよそ一か月半が経つ。
いまの時代は情報の流れが速い。大きな事件でなければ、すぐに人の記憶から遠ざかる。しかし、この事件は人の興味が薄れるどころか、強くなっていた。
 被害者が自分のSNSで性被害に遭ったことを明らかにしたことは、同じく性被害に遭ったことがある人たちに勇気を与えた。事件を報道しているインターネットの記事の匿名コメント欄には、いままで誰にも言えずにいた過去を、勇気をもって投稿する者が続々と出てきた。なかには、実名を出して訴える者もいる。それが誹謗中傷や名誉毀損であると反論する者も出てきて、この事件と離れたところで別の議論になっていた。

(つづく)

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連載小説『誓いの証言』は毎日正午に配信予定です(日曜・祝日除く)。更新をお楽しみに!
https://kadobun.jp/serialstory/chikainoshogen/

第1回~第160回は、「カドブン」note出張所でお楽しみいただけます。

第1回はこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/n/n266e1b49af2a
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