【第211回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第211回】柚月裕子『誓いの証言』
黙っていた佐方は、大橋に身体を向けると直立の姿勢で頭を垂れた。
「運転、お願いします」
大橋は佐方に、礼を言おうとした。だが、それも言葉にならなかった。佐方に背を向けて玄関へ行き、靴箱の上に置いていた車の鍵を手にした。家の奥へ声をかける。
「ちょっと出かけてくる」
家のなかから、恵が出てきた。
「どこへ行くの?」
大橋は娘の顔を見つめながら答えた。
「この方たちと一緒に、ちょっとな」
玄関で靴を履いている佐方たちを、恵は困惑した表情で見つめている。
恵と晶が重なった。愛しさと不憫さとが胸のなかでない交ぜになっている。恵の頭に手を伸ばし、そっと撫でた。娘の頭に触れるなど、いつ以来か。
「なにするの?」
恵が驚きと照れが入り混じった顔で、大橋の手から頭を
大橋は問いに答えず、恵に背を向けた。
「行ってくる」
大橋が玄関を出ると、あとから佐方たちもやってきた。
普段、使っている軽自動車のロックを解除し、佐方と小坂に乗るよう促す。後部座席にふたりが乗ると、エンジンをかけた。
「じゃあ、私はここで。なにかあったらまたご連絡ください」
後部座席の窓からなかを覗き込み、清水が佐方に声をかけた。
「そのときはお願いします」
佐方がそう答えると、清水が車から離れた。
大橋はアクセルを踏んだ。車が走り出す。バックミラーで後ろを見ると、玄関の外へ出ている恵を見つけた。大橋を見送りに出たのだろう。
次第に小さくなっていく恵に、大橋は心で詫びた。どうして謝っているのかわからなかった。ただ、胸には強い悔恨の念が渦巻いていた。
(つづく)
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