【連載小説】充代が連れ去られたことも知らず、有里はアパートへ向うが……。赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#10-4
赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。
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有里は、バスを降りて、太田充代のアパートへと向っていた。
本当はもう少し早く来られたはずなのだが、文乃から、
「出かけるなら、何か食べて行きなさい!」
と命令されたのである。
確かに、有里もお腹が空いていたので、冷凍のおにぎりを電子レンジに入れ、食べるのはアッという間で、
「夕ご飯はちゃんと家で食べる!」
と、宣言してから、家を出て来た。
もう暗くなりつつあった。
アパートへの狭い道を急いでいると、車が一台やって来た。ライトがちょっとまぶしくて、目を細くすると、道の端へよける。
アパートまでは、すぐだった。
そのとき、見覚えのある車がやって来て停ると、村上が降りて来た。
「今来たの? 遅いね」
と、有里は言った。
「充代さんが、寝起きで三十分待ってくれと言われたんだ」
「だから言ったでしょ」
と、有里は笑った。
「──おかしいな」
チャイムを鳴らしても返事がない。
「村上さん! ドアが──」
ドアが開いている。
「充代さん!」
と、中を覗くと、「靴がない……」
「出かけたのかな? でも、僕が来るのは分ってるのに」
有里はハッとした。──車だ!
「宗方が……」
「え?」
「ここへ来るとき、すれ違った。あの車……。ライトでよく見えなかったけど、宗方の車じゃなかったかな」
「連れ出された? 車はどっちへ行った?」
「広い通りの方へ。でも、そこからどこへ行ったか分らない」
「追ってみよう」
と、村上は言った。
二人はアパートから急いで出ると、車に乗った。
「──でも、どっちへ行くの?」
と、助手席にかけて、有里が言った。
「右か左か、二つに一つだ。どっちかを選んでみるしかない」
村上は車を出した。「──有里君、宗方の車が何だったか分るか?」
「私──そこまでは知らない」
免許の取れる年齢ではないので、車の種類までは分らない。「ともかく小型の車だったと思うよ。白っぽくて」
あの温泉旅館の近くで見てはいるが、暗い中だった。
「僕も、あのときは車まで見てなかった。──よし、右か左か、どっちだ?」
有里は迷わなかった。迷っても同じだ。
「左」
「よし、左へ行ってみよう」
車を広い通りへ出すと、村上はハンドルを切った。
かなり交通量の多い道路である。
「そうスピードは出せないはずだ。うまく行けば追いつける」
と、村上は言って、素早くケータイを取り出すと、有里へ渡した。「発信を見てくれ。あの久我の入院してる病院の番号が入ってる。その番号にかけて、久我が何か知らないか、医者から訊いてもらってくれ」
「分った」
有里も吞み込みは早い。
村上は少し強引に車線を変えて、ジリジリと前へ出て行った。
有里は、担当の医師を呼んでもらうと、村上の言葉を伝えた。
「ええ、そうなんです」
と。有里は続けて、「久我って人に伝えて下さい。今度の事件には麻薬が絡んでるんです。もし久我が係ってたら、重罪で、死ぬまで刑務所ですよ。宗方のことで何か知ってることがあれば、しゃべってもらいます。もし役に立てば、多少は罪を軽くしてあげられるかもしれません」
「おい……」
村上がびっくりして、「僕はそんなことまで──」
「じゃ、何か分ったら、このケータイへかけて下さい。よろしく」
有里は通話を切って、ケータイを村上のポケットへ戻すと、
「少しぐらいおどしてやらなきゃ。そうでしょ?」
「うん、まあ……」
村上としても、有里に同感ではある。しかし、刑事という立場ではあそこまで言えない。
「君は、探偵ならいいが、刑事には向かないね」
と、村上は言って、「──おい! あの車じゃないか?」
「え?」
「四、五台前に、チラチラ見えてる車、左右へ動いて、焦ってるような運転だ」
「分った。うん、あの車かも……」
と、有里は目をこらした。
「運転してるの、女の人だね」
「宗方が、充代さんに運転させてるのかもしれない。──有里君、よく見てくれ」
「間の車に隠れちゃうから……。でも、二人乗ってることは分るね」
「君の直感が当ってたのかもしれない」
「珍しい。二つに一つ、って言われても、私ほとんど当ったためしがないもの」
村上は更に一台を追い越した。
「ナンバープレートが撮れるかな?」
「やってみる」
有里はチラッとその車が覗いた瞬間にスマホで撮影した。
村上が、ケータイで連絡し車のナンバーを知らせて、この道の先で検問するように言った。
「このまま行けば……」
「気付かれたら、充代さんの身が危いかもしれない。これ以上近付くと……」
と、村上が言った。
そのとき、目をつけていた車が、左折した。
「どうする?」
「追いかけよう。向うも気が付くかもしれないが、仕方ない」
その細い道へと車が入って行く。前方に、あの車が見えた。
「有里君、頭を低くして。向うが撃って来たら危険だ」
前の車との間を一気に詰める。有里の目にも、助手席の男が振り向くのが見えた。
「気が付いたな! 有里君、ぶつけるぞ!」
村上はアクセルを踏み込んだ。車が追突した。前の車の窓ガラスが砕けた。
「有里君、車から出るなよ!」
車が停ると、村上はドアを開けて飛び出した。
「村上さん! 気を付けて!」
と、有里は叫んだ。
追突されて、前の車はパニックになっているだろう。そのほんの数秒間の勝負だった。
村上が、運転席のドアを開けて、充代を引張って車から降ろすのが見えた。
充代が村上に押されて、有里の車の方へ走って来る。
「──充代さん!」
と、有里は言った。「宗方は?」
「今、村上さんが──」
そのとき、前の車から銃声が聞こえた。
「村上さん!」
有里はじっとしていられなかった。ドアを開けて車を出ると、頭を低くして、前方の車の様子をうかがった。
「──村上さん」
有里は、村上が車から離れるのを見た。
「有里君。──もう大丈夫だ」
と、村上が言った。
▶#11-1へつづく
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