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連載

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」 vol.21

【連載小説】娘のために、お金が入ることを喜ぶ秀子だったが……。 赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#6-1

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。



前回のあらすじ

矢ノ内香は、不思議な火災で父母を亡くし恩師・宮里を頼りに上京したところ、宮里がAVを撮影しているのを目撃したという。病気の妻のためAVで稼ぐ宮里と暮らす太田充代は、ホテルで真田という男の死体を見付け慌てて立ち去るが、弟の猛から宗方という男に見込まれ、殺人の罪をかぶって姿を隠す、と言われる。有里は村上刑事から、香のカバンの指が真田のものと聞かされるが、加東秀子という女性が警察で真田の死には猛が関係あると偽証していた。

詳しくは 「この連載の一覧」
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

9 叫び

「よく食べたわね」
 と、とうひでは半ばあきれて言った。
「大丈夫だった? お金ないの?」
 と、娘のく。
「お店出てから言っても」
 と、秀子は笑って、「これぐらいは平気よ」
「良かった!」
 うれしそうな娘の様子を見て、秀子の胸が痛んだ。
 駅前のピザ屋で、ピザとスパゲティを食べた。
 由美にとって、「思い切り食べる」ってことは珍しいのかもしれない。
 いつも文句を言わない子だが、今夜の食べっぷりを見ると、秀子はつらくなった。
「クラブの方はどうなってるの?」
 と、秀子は訊いた。
 由美に学校のことを訊くのは珍しい。由美の方も、面食らったようで、
「どうして?」
「どうして、ってこともないけど、確かバレーボール部に入ってたでしょ」
「うん、やってるよ」
 と、由美は言った。「ちゃんと練習にも出てるし」
 由美が何となく目をそらしている。
「──何かあるのね?」
 と、秀子は言った。
「別に……。今度、遠征試合があるの。連休があるでしょ? そのときに」
「行くの?」
「一泊だから……。バス代、宿泊代入れると、三万円くらいかかるの。だから、行かない、って言ってある」
 ことさらに明るく言い切った娘の言葉に、秀子は少しの間、何とも言えなかった。
 どうしてひと言、相談しないの?
 そう言ってやることもできたが、相談されたからといって、
「大丈夫だから行きなさい」
 と、その場で返事ができたかどうか。
「由美……」
「行っても、出られないかもしれないし。レギュラーがちゃんとしてるから、うちのチーム」
 と、由美は言った。
「行きなさい」
 と、秀子は言った。「それぐらい大丈夫だから。今からでも申し込めるんでしょ?」
「でも、お母さん──」
「言ったでしょ。明日、お金が入ることになってるの。それぐらい何とかなる」
「だって……。行くなら、おそろいのパーカーも買わないと」
「分ったわ。行ってらっしゃい。たまにはお母さんも一人になりたいわ」
「あ、それって私が邪魔みたい」
 と、由美は笑って、「──いいの、本当に?」
「ええ、もちろん」
「ありがとう!」
 由美がギュッと手を握ってくる。──その力強さに、秀子は涙が出そうになって困った。

 アパートに帰ると、
「由美。先にお風呂に入りなさい」
 と、秀子は言った。
「うん」
「そのお金、明日でなくても間に合うの?」
「大丈夫。今週一杯で申し込めばいいことになってる」
「じゃ、用意するから」
「ありがとう」
 と、由美はもう一度言って、お風呂にお湯を入れた。
 小さなユニットバスだ。
「──入って来るね」
 と、由美は服を脱ぎながら言った。
 秀子は、台所の引出しから預金通帳を取り出した。
 残高を見ても楽しかったことはない。
 ことに借金を抱えていたせいで、いつも追われる気持があった。
 でも、その借金は帳消しになって、他に明日は十万円が手に入る。
 久しぶりに、秀子はホッとした気分になっていた。
 戸棚のガラス戸に映った自分を見て、
「老けちゃったわね──」
 と、しみじみつぶやく。
 まだ三十五なのだ。
 しかし、このところ、めっきりしらが増えて、もう五十代かという印象だ。
「少し考えないと……」
 今のままの暮しでいいのだろうか?
 といって、秀子には特別な技能はない。
 今から何か勉強して身につけることができるだろうか? それには、今の仕事では難しい。
 由美は十四歳。今、中学二年生だから、再来年には高校受験がある。
 どうしよう。──高校入学のための費用を作らなくては。
 一年や二年、すぐにたってしまう……。
 秀子は苦笑して、
「突然考えたって、どうにもならないわよね」
 と呟いた。
 普通の母親なら、もっと前から計画を立てて、少しずつでもお金をためるだろう。
 お風呂から、由美が何か歌を口ずさんでいるのが聞こえてくる。
 こんなこと、初めてだ。
 いや、初めてじゃないのかもしれない。秀子が気付かなかっただけで。
「ごめんね、由美」
 と、秀子は言った。「これから、もっと考えて生きるようにするわ」
 自信はなかったが、口に出して言うことで、自分に対して約束したつもりだった。
 そう、今からだって、やり直すことはできる。
 とりあえず、夜、いつも飲む缶ビールを、今夜はやめておくことにした……。

▶#6-2へつづく
◎第 6 回全文は「カドブンノベル」2020年11月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年11月号

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