【連載小説】映画のプレミア上映の翌日、有里のもとに刑事・村上から電話がかかってきて……。 赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#1-4
赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。
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2 祭りの後
プレミアの翌日、有里はお昼近くまで眠ってしまった。
今は高校二年生になる前の春休みである。
若い人が集まることを狙っての、昨夜のプレミアは大成功だった。
映画の公開は四月の半ば。──配給会社も、初めは、
「いくら昔は大スターでも、沢柳布子で客は来ないだろう」
と渋っていたが、若者向けのSNSで発信すると、布子の
方々の雑誌やラジオ、TVで「かつての大スター」のころの布子が取り上げられ、大いに盛り上って来たので、配給会社も、
「ぜひゴールデンウィークに」
という話になり、プレミアが昨日に設定されたのだった。
「公開されたら、毎日見に行く!」
と、有里は宣言していた……。
「──おはよう」
と、
「春休みだからって、
と言った。「何か食べる?」
「うん。お腹空いた!」
テーブルにつくと、ケータイが鳴った。
「あ!
このところ、何かと世話になっている刑事である。「──もしもし?」
「やあ、ゆうべは楽しかったよ」
映画製作に係る事件で、村上と知り合ったので、布子がプレミアに村上を招待していたのである。
「ごめんなさい、相手できなくて」
「いや、あの人出じゃ、どこにいるかも分らなかったよ。ちゃんといい席に案内してくれた」
「今起きたの。村上さんは?」
「今日は休みでね。とりあえずお礼を言っとこうと思って」
「え? それじゃ……」
有里の目が輝いた。「ね、ちょっと付合ってくれる?」
「いいけど……」
「プレミアの会場に行くことになってるの」
あの矢ノ内香の言っていたバッグを、捜しに行く役を引き受けていたのである。
事情を聞くと、村上は、
「分った。それじゃ、ゆうべの……」
「うん。レッドカーペットのあった辺りで待ち合せね」
と言ってから、有里は文乃の方へ目を向けた。
文乃も有里を見て、
「それなら、村上さんとお昼、食べなさい」
「いい? ──あ、もしもし」
文乃は、
「ちゃんと自分で払うのよ!」
と、付け加えた……。
「そんなことがあったのか」
と、村上は言った。
「見付かるかどうか、分らないけどね」
と、有里は言って、ハンバーガーに思い切りかぶりついた。
「それじゃ、あの映画館の入ってるビルの管理室に行って訊けばいいね。そんな状態だったら、踏みつけられてるだろうけど」
村上も、もちろんハンバーガー。有里が、ちゃんと払うと言ったので、二人して安上りに済ませることにした。
「その子、十七、八? 家出かな」
と、村上が言った。
「そうかも……。家族もいなきゃ、家もないって」
「まあ、大したけがでもないようで、良かったね。何しろ東京は
「身許分るものは持ってなかったみたい。バッグがあれば、その中に何か……」
「手掛りがあれば、家出人の届けが出てるか調べられるよ」
と、村上はハンバーガーを口の中へ押し込んで、ちょっと目を白黒させた。
──二人は店を出て、すぐ通りを渡った。
「ここにレッドカーペットが敷いてあったんだ」
有里は手で示して、「みんなドレスで、
「ああ、見たいね」
映画館が一階に入ったそのビルは、全体が十五階建のショッピングモールになっている。
村上は受付で管理室の場所を訊いて、二人してロビーの奥へと入って行った。
ガードマンに訊くと、
「昨日の落し物ですか?」
と、ちょっと考えて、「分りました。こちらへ」
と、案内してくれる。
廊下の奥、倉庫のような空間で、
「ここにゆうべの落し物が集めてあります」
と、ガードマンが言って、明りを
「え……」
有里は絶句した。
床一面に、ズラッと並んでいるのは、大小のバッグから、財布、ケータイ、キーホルダー……。
「こんなに?」
と、村上もびっくりしている。
「そうですね。昨夜は特にごった返してましたから。それでザッと……二百くらいあるかな」
「へえ!」
半ば
「でも、どのバッグか分るかい?」
と、村上が訊く。
「詳しいことは聞いてない。まさか、こんなにあるなんて……。でも、そう小さいバッグじゃないと思う。地方から出て来たんだから」
「そうか」
さすがに、旅行に持ち歩くようなバッグはそうない。──有里は一つずつ手に取っていたが、
「あ──。ここに名前が」
ボストンバッグの底に、サインペンで、〈矢ノ内〉と書いてあった。薄れているが、一応ちゃんと読める。
「これか。──どうしよう? 受け取るのに何か必要?」
ガードマンは村上が刑事と知ると、
「一応、ノートがあるんで、サインして下さい。それで結構です」
「分った。ありがとう」
事務室に連れて行かれて、村上がノートにサインする。
「中を確かめた方がいいかな」
と、村上は言った。
「そうね。身許の分るものがあるかも」
バッグをテーブルに置いて、開けて中を覗いた。
着替えやヘアブラシなどが見えたが、
「私が出すね。女の子のものだから」
と、有里は言って、テーブルの上に、中の物を出して行った。
「ケータイはないね。手紙らしいものも……。これ、ハガキが」
二つに折った、かなり古そうなハガキが、押し込むように入っていた。
「〈矢ノ内香様〉って、住所もある。差出人は……〈宮里〉?」
「それがあれば調べられるな」
と、村上は言った。
ビニール袋が出て来た。
「たぶん歯ブラシとか……」
逆さにして、テーブルに出すと、洗面道具だったが──。
「何かな」
ガーゼにくるんだものがあった。
有里はガーゼを開くと、
「わっ!」
と、思わず声を上げた。
「おい、これは……」
村上の顔が引き締った。
コロリとテーブルの上に落ちたのは、切断された人の指だった。
▶#2-1へつづく
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