【連載コラム「告白します」】品田 遊「季節勘」
「小説 野性時代」連載コラム「告白します」

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「告白します」を特別公開!
執筆者の個性が光る「告白」をお楽しみください。
(本記事は「小説 野性時代 2025年6月号」に掲載された内容を転載したものです)
品田 遊「季節勘」
【連載コラム「告白します」】
よくわからないまま受け流しているうちに、いつの間にか大人になってしまっている、というようなことが誰しもあるようだ。私の知り合いには東西南北の区別がつかない人がいるし、二十歳まで一人で電車に乗ったことがなかった、という人もいる。なんとなく誤魔化しながらでも生活はできてしまう。
気候の話は万人共通の無難なテーマだとされているが、私は「気候」がよくわかっていない。世間の人が「最近あったかくなりましたね」「そろそろ肌寒くなってきましたね」などと言葉を交わすのを見ると感心する。別に暑さや寒さを全く感じないわけではない。夏は汗を流し冬は震える。だが私にとって気候は、常に渦巻くとりとめない思考の隙間を通り抜け、気づけば過ぎ去っているような存在だ。
人と雑談していたら「今日は寒いですね」と言われ、その瞬間になって寒さを知ることがある。冷たい風が途端に不愉快になり、「なぜ私を寒くした」と理不尽に恨んだりする。
湿度や気圧はさらに意味がわからない。「湿気が多くて不快ですね」「気圧が低くて頭痛がしますよね」という会話は、超能力者同士の対話にしか聞こえない。それらは計器が示す数値上の存在ではないのか。
私の身体が特別タフというわけでもない。季節の変わり目にはよく風邪をひくし、冬の肌は乾燥でガサガサになる。ただ、それらの不調と気候の関係が全く実感できないのだ。その時々の感覚を「気候」に結びつけて意味を生み出せない。
それゆえ衣替えも苦手で、八月に汗だくで長袖を着ていたり、コートの用意もないまま十一月を迎えて笑われたり、という事態が頻発する。気候とはとことん反りが合わない。
数年前、ふと思った。そもそも衣替えをしなければいいのではないか。
以来、私は一年中、長袖のオックスフォードシャツばかり着ている。季節の顔色を窺うのをやめたのだ。案の定、全く快適ではないが、気候を意識しないのは気楽だ。
衣替え放棄は肌着にも及ぶ。保温効果の高い「極暖」系と冷感効果のある「極冷」系を区別せず同じカゴに突っ込み、シャワー後に適当に引っ張り出す。季節に合えば「当たり」、合わなければ「ハズレ」だ。夏に裏起毛の肌着で滝の汗を流したり、冬に極薄のクール肌着で凍えたりしている。肌着占いだ。
こうなると暑さ寒さは完全にランダムで、もはや気候に意味はなくなる。私はそれを受け入れ、今日も世間話を上の空で受け流す。
プロフィール
品田 遊(しなだ・ゆう)
東京都生まれ。作家。2015年に連作短編集『止まりだしたら走らない』でデビュー。著書に『ただしい人類滅亡計画 反出生主義をめぐる物語』『名称未設定ファイル』など。ダ・ヴィンチ・恐山名義でライターとしても活躍中。
書籍紹介
書名:納税、のち、ヘラクレスメス のべつ考える日々(朝日新聞出版)
著者:品田 遊
発売日:2024年9月20日
2018年から毎日続ける日記「ウロマガ」(居酒屋のウーロン茶マガジン)より、厳選された記事を加筆修正のうえ再構成した一冊。エッセイスト・古賀及子氏との対談も特別収録。
掲載号紹介
書名:小説 野性時代 第258号 2025年6月号
編:小説野性時代編集部
発売日:2025年05月25日
商品形態:電子専売
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安壇美緒――イオラのことを誰も知らない
阿津川辰海――デッドマンズ・チェア
伊岡瞬――獲物
伊吹有喜――銀の神話
恩田陸――産土ヘイズ
神永学――怪盗探偵山猫 楽園の蛇
蝉谷めぐ実――見えるか保己一
寺地はるな――町は今日も
馳星周――海霧(ジリ)
増田俊也――七帝柔道記 3 友たれ永く友たれ
群ようこ――暮らしはつづく
森沢明夫――ハレーション
【コラム】
品田遊「季節勘」
日比野コレコ「身の丈に合わないかっこつけ」
福田果歩「家出娘」
【書評】
Book Review 物語は。 吉田大助
伊坂幸太郎『パズルと天気』
【新人賞】
第17回 小説 野性時代 新人賞 応募要項
第46回 横溝正史ミステリ&ホラー大賞 応募要項
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