【第203回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
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【第203回】柚月裕子『誓いの証言』
佐方が座卓の向こう側から、大橋のほうへ膝を詰めた。
「久保さんから、彼が平尾弁護士事務所にいたときに扱っていた案件の話を聞きました。いまから二十年ほど前、蕃永石を一手に扱っている児玉興業グループの児玉勝也社長と、今回、被害届を出した晶さんの祖父――原滋さんは、今後の蕃永石事業をめぐる方針で対立した。その件は、原さんが丁場を抜けて独立することで解決したはずだった。しかし、それで終わらなかった。勝也社長は、原さんを恐れた。原さんは、丁場の人間たちから信頼され、職人としての腕も確かだ。丁場を抜けたからといって、原さんを慕う人たちがいなくなるわけではない。むしろ、蕃永石の未来を考えて丁場を抜けた原さんを不憫に思い、気持ちを寄せる者もいるだろう。そう考えた勝也社長は、自分と原さんが持つふたつの方針に挟まれて、蕃永石組合が崩壊するかもしれないと思ったんです。その勝也さんがとった方法は――大橋さん、それはあなたがよく知っていますよね」
佐方の話を聞いているあいだ、大橋は二十年ほど前のことを思い出していた。
原じいの工場へ遊びに行ったこと。原じいが、息子と嫁の葬儀で、まだ小さな晶を抱き、声を殺して泣いていたこと。晶のために借金をしてまで独立すると言い切ったときのこと。原じいと晶と一緒に男ノ来島の灯台を見たこと。そして、原じいが丁場で血まみれになって倒れていたこと。すべての光景を頭が録画しているみたいに、鮮明に思い出せる。
佐方が訊ねた。
「久保さんは、晶さんの姓が変わっていたことを知りませんでした。晶さんは、どうして安藤さんの養女になったんですか」
大橋は記憶を辿る。原じいが組合を外されたあと、人づてに久保が弁護士事務所を辞めたと聞いた。香川を離れ、東京へ出て行ったと耳にした覚えがある。原じいが亡くなる前のことだから、久保が原じいの死も、晶が養女に行ったことも知らなくて当然だ。
「原じいが――私は原滋さんのことをそう呼んでいましたが――丁場で亡くなったんです」
(つづく)
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