【第199回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第199回】柚月裕子『誓いの証言』
佐方が、大橋を見つめながら訊ねてきた。
「久保利典さんを憶えていますか」
名前に覚えはなかった。しかし、すぐに答えるのは躊躇われた。
佐方の言い方だ。佐方は、知っているか、ではなく、憶えているか、と訊ねた。それは大橋がかつて久保という男と会っていることを示している。記憶の底をさらい、必死に久保という男を思い出そうとするがわからない。
考えても無理だ、そう思った大橋は正直に答えた。
「覚えていません。それは、誰ですか」
佐方が答える。
「いまから二十年ほど前、平尾弁護士事務所にいた弁護士です。清水さんから、大橋さんがその頃、蕃永石事業協同組合の理事をしていたと聞きました。理事だった方なら覚えているのではないですか」
事務所の名前を聞いた瞬間、ぞっとした。沖まで引いていた波が、一気に高波となって押し寄せてきた感じを覚える。
気持ちを落ち着かせるために、茶を口にしようとしたが、湯飲みは空だった。
「おい、恵。茶を――」
頼む、と言いかけて、大橋は口を
声を聞きつけた恵が、茶の間へ顔を出した。
「呼んだ?」
大橋はすぐさま答えた。
「なんでもない。お前はあっちへ行っていなさい」
思わず大きな声が出た。恵は、どうして自分が怒鳴られなければならないのかわからない、といった様子で、その場に立ち尽くしている。清水と小坂も同じだ。驚いた表情で大橋を見ている。佐方だけが、表情を変えずにじっと大橋を見つめていた。
(つづく)
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