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連載

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」 vol.22

【連載小説】偽証の報酬を受け取りに来た秀子の前に、一台の車が停まって……。 赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#6-2

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。
>>前話を読む

 翌日の午後、秀子はアパートを出て、約束の場所へ出かけて行った。
 公園といっても、小さな遊び場という所。
 午後も少し遅くなると、遊んでいる子供もいない。
 雨になりそうで、秀子はベンチにかけて、空を見上げていた。──そろそろ約束の時間だけど。
 秀子は、ゆうべの嬉しそうな由美の様子を思い出して、つい微笑ほほえんでいた。何だか、初めて母親らしいことをしてやれたような気がして、胸が熱くなったのだ。
 そうだわ。これからだって遅くない。
 何か新しい生き方を捜して、由美と二人で頑張ってみよう。あの子のためと思えば、きっとできる……。
 そのとき──公園の前に、車がとまった。
 そして男が一人降りてくると、秀子の方へやって来た。
「秀子さん?」
 まだ若い、二十四、五かと見える男だった。
「ええ。あなたは?」
「使いの者です。車に乗って下さい」
「車に? でも……」
「そう言われて来たんで」
「そうですか」
 わざわざ車で呼ばれるほどのことでもないように思ったが、「あの──どうさんのお使いの人ね?」
「そうです。工藤さんが事務所で待ってますんで」
「じゃあ……」
 言われるまま、その車に乗った。若い男は後部座席に秀子と並んで座った。運転しているのは別の男だ。
 車が走り出して、少しすると、秀子のケータイが鳴った。
「──はい」
「もう車かな?」
「工藤さん。何か私にご用ですか? 私は昨日のお約束のものだけ──」
 と言いかけると、工藤は、
うそをついちゃいけないぜ」
 と言った。
「──え?」
「お前は一人暮しだと言った。だからさなの件を任せたんだ。娘がいたんだな」
「あ……。でも、まだ子供ですよ。それに、警察じゃ、ちゃんと話をしましたよ」
「お前の話を信じてりゃいいが、噓だと分ったらどうする。お前が俺の名をしゃべる。そうなりゃ、上の方が迷惑するんだ」
 淡々とした言い方が、かえって怖い。秀子は青ざめた。
「すみません。借金でずっと苦しんでたんで……。つい、お話のあったときに──」
「噓をついたつぐないをしてもらわないとな」
 と、工藤は言った。
 そのとき、秀子は脇腹に固いものが押し当てられるのを感じた。
 ハッとして見下ろすと、若い男が拳銃を押し当てていた。
「工藤さん……」
「本当なら、そこでお前を始末して、道端へ放り出して終りなんだぜ」
「あの……勘弁して下さい……。工藤さんのお名前は決して出しません」
 声が震えた。
「俺は親切だからな。指一本つめるくらいで許してやってもいい。だけど、お前の指なんかもらってもな」
「お願いです、何とか見逃して……」
「うん。助けてやってもいいって気になったんだ。写真を見たときにな」
「写真?」
「そこにいる若いのが、お前と娘が歩いてるとこを写真に撮った。なかなかわいいじゃないか、お前の娘」
「工藤さん……。娘には関係ないでしょ」
「そうかな? 娘に訊いてみよう」
「お願いです! 娘のことは──」
 秀子は、いきなり拳銃で頭を殴られて、苦痛にうめきながら、座席にうずくまってしまった……。

「お願いです」
 と、おおみつは言った。「弟が殺されるようなことには……」
「それは分ってますよ」
 と、むらかみ刑事は言った。「しかし、弟さんも困ったもんだな。そんないい加減な話にコロッとだまされて」
「姉として恥ずかしいです」
 と、充代は目を伏せた。
「あなたが恥じることはないわよ」
 と、さちが言った。「もう十九歳といえば立派な大人です。もちろん命は大切だけど、少し怖い思いをした方がいいわ」
 みやざとと充代のアパートで、充代の弟、太田たけしが、やってもいない殺人の罪をかぶって逃走するという話を聞いた幸代たち。
 充代を村上刑事の所へ連れて来たのである。
「弟の名前は〈太田猛〉だね」
 と、村上は言って、「わざわざその名前を言いに来た女がいる」
 村上は、加東秀子のことを話して、
「話を聞いてるときから、こいつは金で言わされてるな、と思ったんですよ」
「すると、その女に言わせた人間がいるわけね」
 と、幸代が言った。「そこから、充代さんの会ったむなかたという男につながるでしょう」
「確かに」
 と、村上はうなずいて、「宗方という名は知っていますが、顔がよく分らない。宗方を逮捕できれば何よりです」
 太田猛が「代役」であることが分ったら、充代が心配をするように、猛にはもう価値がなくなる。
「加東秀子に会って来ましょう」
 と、村上は言った。「偽証罪に問われることになることを、よく分ってないからな、きっと」
「私も行きます!」
 と、充代が言った。
「私もご一緒しましょ」
 と、幸代が言って、一同はほとんどハイキングのようになってしまった。

▶#6-3へつづく
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「カドブンノベル」2020年11月号

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