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連載

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」 vol.23

【連載小説】帰宅した由美は、家の中に見知らぬ男たちがいるのを見つけ……。 赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#6-3

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。
>>前話を読む

「ただいま」
 由美は玄関の鍵を開けて中へ入った。
 いつも帰宅するころには母親は仕事に行っているので、いないことは分っている。それでも、暗い部屋の中に向って、「ただいま」を言うことにしていた。
 玄関を上って明りをけると、
「キャッ!」
 と、声を上げて飛び上りそうになった。
 部屋の中に男が二人、座っていたのだ。
 すぐに逃げ出そうかと思ったが、そうする前に、男の一人が、
「逃げない方がいいぜ」
 と言った。「お前も母さんが大事だろ」
「え……」
 由美はわけが分らなかったが、「お母さんが……どうかしたんですか」
「お前の来るのを待ってるんだ。早く行ってやらねえと、わいそうなことになる」
 ただごとじゃない、ということは由美にも分った。その男たちは、どう見てもまともな職業についているとは思えなかった。
「お母さんは……どこにいるんですか?」
「俺たちが連れて行ってやるよ」
 と、男たちが立ち上った。
 由美は反射的に逃げ出しそうになったが、
「母さんと話をさせてやるよ」
 と、男が言ったので、動きを止めた。
 男はケータイを取り出すと、
「──もしもし。──今、娘が帰って来ました。ここにいます」
 そしてケータイを由美へ渡した。
「もしもし?」
「由美……」
「お母さん、どうしたの? 何があったの?」
「来るんじゃないよ! ここへ来ちゃだめ!」
 母の声がおかしい。震えて、上ずっている。
「お母さん、どうかしたの?」
 すると、男の声に代って、
「お前の母親はちょっと痛い思いをしてるんだ」
「え?」
「ちょっとした事故でな、指を一本くしちまったのさ」
 由美は、男の笑いを含んだ口調にゾッとした。お母さんの指を……。
「由美! 母さんの指なんかどうでもいいから、逃げなさい!」
 という母の叫び声が聞こえた。
 そして、続けて恐ろしい悲鳴が聞こえたのだ。
「お母さん!」
「──お前がここへ来ないと、もっと叫び声を上げてもらうことになるぜ」
「行きます! すぐ行きますから、お母さんにひどいことをしないで!」
 由美は必死で言った。

10 出直し

 由美は、じっと眠っている母親の顔を見つめていた。
 痛み止めと鎮静剤が点滴で入れられて、秀子は眠っていた。
 由美が涙をハンカチで拭っていると、
「具合はどうだい?」
 と、声をかけられて、立ち上った。
「あの──ありがとうございました」
 と、由美は言った。「お母さん、よく寝てます」
「そうか。ひどい目にあったもんだ」
 と言ったのは、村上刑事だった。
「本当に……命の恩人です」
 と、由美が深々と頭を下げると、
「いやいや」
 村上が首を振って、「礼を言うなら、僕じゃなくて、あまもとさんに」
 と言った。
「はい。あの女の方……。画家の方ですよね」
「そうなんだ。一度、お礼を言いに行くといい」
「はい、必ず」
 と、由美は肯いた。「この病院も……」
「うん、天本さんのよく知ってる人なんだ、院長がね。お母さんのことは大丈夫。もちろん、失くした指は戻らないが」
 病室から廊下へ出ると、由美は村上から天本幸代の連絡先を聞いた。
 ──村上が、「礼を言うなら天本さんに」と言ったのは……。村上が運転する車で、太田充代や天本幸代、も──宮里のアパートでの出来事を聞いて、じっとしていられず、村上の所へやって来ていた──一緒に、加東秀子のアパートに着いたときだった。
「あのアパートらしいな」
 と、村上が車を停めようとすると、そのアパートの前に停っていた車に、十四、五歳と見えるブレザーを着た女の子が、いかつい男たちに押し込まれるように乗ったのである。
「村上さん」
 と、幸代が言った。「今の、見た?」
「ええ。何だか──穏やかじゃないですね」
 その少女を乗せた車が走り出す。
「あの車をけて」
 と、幸代が言った。
「え? でも──」
「あれはどう見てもまともじゃない。早く! 見失わないように」
 村上があわてて車を出した。
「おちゃん──」
「有里も見たでしょ?」
「うん、女の子、おびえてた」
「男たちは、どう見てもどこかの子分たちですね」
 と、村上は言った。「もしかすると、加東秀子と係りがあるかもしれませんね。娘がいるとは言ってなかったが」
 ともかく、村上はその車を尾けて、古びたビルまで行った。
 あの女の子が、男に腕を取られてビルの中へ連れ込まれて行く。
「放っとけませんね」
 村上は車を停めた。
 ──村上たちが入って行くと、部屋は空っぽだったが、地下室から悲鳴が聞こえた。
 村上が踏み込んだとき、加東秀子は手から血を流して床に倒れていて、女の子は服を脱がされかけていた。
 有里がその間に一一〇番通報して、近くの交番からすぐに警官が駆けつけた。
 指を二本切り落とされた秀子を、救急車でこの病院へ運んで、工藤という男と、その子分たちを逮捕したのだった。
「──本当に間一髪だった」
 と、村上が言った。
「ええ」
 と、由美が肯いて、「お母さんのことが心配で、あのときは夢中だったけど、思い出すと怖くて腰が抜けそうです」
「いや、君は勇敢だったよ。あの有里君にちょっと似てるね、君は」
「そんな……」
 と、由美は少し恥ずかしそうにして、「すごくしっかりして、でも可愛い人ですね」
「伝えとくよ」
 と、村上は言った。「だが──君はこれから大変だね。お母さんのことを何かと手伝ってあげないと」
「はい。──ひどいことするんですね。殺してやりたい!」
 と、由美は怒りで声を震わせた。
 工藤は、秀子の左手の中指と薬指の二本を短刀で切断したのだ。
「ちゃんと罪は償わせるよ」
 と、村上は言った。「君、学校があるんだろ?」
「春休みの補習だから、大丈夫です。お母さんのそばについていないと。──お母さんと一緒にやり直します」
「困ったことがあれば力になるよ。いつでも言ってくれ」
「ありがとうございます」
 由美は、やっと明るい笑みを浮かべた。

▶#6-4へつづく
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