【連載小説】香のバッグに入っていた死んだ男の指。その理由を閃いたのは、意外な人物で――。 赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#6-4
赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。
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「警察から感謝状を、って話があったよ」
と、有里が言った。
少し遅めの朝食の席である。
「村上さんから?」
と、幸代がトーストを食べながら、「で、もちろん──」
「辞退しといたよ、お祖母ちゃんの代りに」
「それで結構」
「もったいない」
と、
「つかないよ、そんなもの」
「じゃ、いらないわね」
文乃のアッサリした言い方に、一緒に食べていた
「──すみません、笑ったりして」
と、香はちょっと恐縮して、「でも、本当に暖かい家ですね、ここは」
「そう? 変った女の集まりよ」
と、文乃は肩をすくめて、「コーヒー、もう少し?」
「私、持って来るよ」
と、有里が立とうとすると、香が素早く立って行って、コーヒーサーバーを持って来た。
「でも、心配なのは、太田猛って人ですね」
と、香は言った。
「そう。村上さんも、それは気にしてた」
と、有里が言った。「工藤って男から、宗方のことがどれだけ分るか、早く太田猛を見付けないと、消されちゃうかもしれない」
──工藤が逮捕されたことで、太田猛がいわば「身替り」だったと知れることになるだろう。
充代は心配して、何とか弟と連絡を取ろうとしているが、猛の方はどこへ行ってしまったのか、連絡がつかないのだ。
「それに──」
と、幸代が言った。「殺された真田っていう男のことも、どうして誰に殺されたのか分ってないでしょ?」
「そうだね。指をつめていたのも、何のせいなのか分らないし、しかも殺されたのには何か理由があるんだろうしね」
有里はコーヒーをもう一杯飲んだ。
「その人の指がどうして私のバッグに入ってたんでしょう?」
と、香が言った。
「それがふしぎね」
と、幸代が言うと、文乃が、
「大方、入れるバッグを間違えたのよ」
と、手を伸して、「有里、ミルク取って」
有里は、ちょっとの間、文乃を見ていた。
「──何よ」
と、文乃が眉をひそめて、「ミルク取ってって言ってるでしょ」
「お母さん」
と、有里はミルクを母親の方へ押しやって、「お母さんって、たまに
「どういう言い方?」
「ほめてるのよ」
と、幸代が言った。「当り前のことだけど、考えてみなかったわね」
「香さん、バッグをずっと持ってた?」
と、有里が訊いた。
「あのときですか? ──どうだったかしら」
香はしばらく考えていたが、「ともかく、ビデオの撮影の最中だったんで、ただもうびっくりして……」
そして、香は、
「たぶん……あのアパートに入ったところで、バッグを床に置いた、と思います。逃げるように出たとき、バッグをつかんだのを
と言った。
「そうすると、そのバッグを置いていた間に……」
と、有里は言った。「でも、そんなに長くは置いてなかったんでしょう?」
「ええ。ベッドを見て、
「そのとき、ちょうど真田の指を隠そうとした人間がいたってことね」
と、幸代が言った。「そのとき居合せたスタッフを洗い出す必要があるわ」
「充代さんなら分るわね」
と、有里は肯いて、「それと、充代さんが真田とホテルに入ったのは、どうしてだったのか……」
「偶然とは思えないわね」
幸代はそう言って、「有里、村上さんに──」
「すぐ連絡する!」
と、有里は力をこめて言った。
「ルイ……」
「どう、具合?」
と、ルイはベッドのそばの椅子にかけると、「顔色が良くなって来たね」
「そうかな……」
古沢美沙はちょっと微笑んだが、「ルイ、何もかもルイに頼っちゃって……。ごめんね」
「またそんなこと言って。早く良くなってよ」
「うん……。自分のことは自分でやる、とか偉そうなこと言っといて……。病気には勝てないね」
「ちゃんと勝ったじゃないの。
「あ、そういえば……」
と、美沙は思い出したように、「看護師さんから聞いた。ルイ、栗田先生とデートしてるって?」
「そんなこと……。食事に誘われて、お付合しただけ」
「すてきじゃないの。栗田先生、ルイのこと、とってもほめてたってよ」
「お医者さんはもてるでしょ」
「でも、あの先生、独身でしょ? まだ確か三十一とかだよね」
「住んでる世界が違うわよ」
と、ルイは首を振って、「食事したって、フォアグラだのトリュフだの……。何食べてるか、ほとんど分んなかった」
「でも、ルイは可愛いし……」
「私、まだ十九だよ」
と、ルイは言った。「それに──」
と言いかけて、
「ともかく、
「どうして?」
そこへ、当の栗田医師がやって来た。
「やあ、来てたのか」
と、ルイに声をかける。
「先日はどうも……」
と、ルイは言った。
「先生、ルイって可愛いでしょ?」
と、美沙は言った。
──無理なのよ。
ルイは黙っていた。──こんな病院の外科医の先生と、アダルトビデオに出た女の子が付合うなんて。
ルイは、決して栗田のことを好きになるまい、と決めていた。
自分も傷つき、栗田も傷つくだろうから。
「今度、ドライブに誘おうと思ってるんだ」
と、栗田が言った。「いいだろ?」
断らなくては。──ルイはそう思った。
でも、いつの間にか、
「はい」
と答えてしまっている自分がいた……。
▶#7-1へつづく
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